大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

聖林寺十一面観音立像 美の巨人たち

聖林寺5

聖林寺 国宝「十一面観音立像」2013.11.16放送
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/131116/index.html

 上記の番組を見る。とても良いテイストと時間配分でつくられた魅力的な作品であると思った。制作に携わった方々に敬意を表したい。

 まず、番組の組み立てをHPからの引用で貼り付けておこう。以下の4パートから構成されるが、その展開もわかりやすく画像も説明も丹念である。

今日の作品は、奈良県・聖林寺にある国宝『十一面観音立像』。千年の歴史を誇る仏様です。目鼻立ちのはっきりした顔に、最大の特徴である美しいプロポーション。指先までもふくよかで美しい曲線を描き魅惑的です。顔は金箔に包まれ、頭上では“化仏”と呼ばれる顔が周囲を見つめています。長い歳月の間に十一ある顔のうち、三つが失われました。

この観音様のとりこになった女性がいます。古美術を愛し、日本の美について数多くの随筆で紹介した白洲正子です。昭和7~8年、今日の作品に初対面した正子は「世の中にこんなに美しいものがあるのかと、私はただ呆然と見とれていた」と言います。

今日の作品が生まれた奈良時代は、天候不順による全国的な飢餓や疫病が蔓延し、聖武天皇は仏法での災難平癒を一発発起します。当時多くの仏像はエリート仏師集団・造東大寺司造仏所が作りました。今日の作品もそのうちの一つ。天平時代は数々の仏像の名品が誕生しましたが、中でも『十一面観音立像』は他の追随を許さない、美しさと気高さを併せ持つと言われています。

今日の作品が人をひきつける理由とは?そこには高い技術水準を持った仏師たちが編み出した天平の驚くべき技の存在がありました。観音像を美しく見せるための理想の形とは一体…?そして、そんな理想的な観音像に唯一足りないものがあるのですが…。

 「誰がつくったのか」と根本的な疑問をなげかけ、上にあるとおり、国営仏所、造東大寺司造仏所について解説する。
 「何でできているのか」と素材と製作法を問い、木心乾漆像(木彫りで像の概形を作り、その上に木屎漆[こくそうるし]、麦漆に木粉等を混ぜたものを盛り上げて造像)について説明する。特に、手や衣の細かい技法の可能性とその成果についてここで語られる。
 「美学的な見方からは」という疑問からは、顔:胴体=1:10の黄金率があることを示すとともに、天平時代の同種作品、観音寺や東京芸大での修復仏における顔面のプロポーションの同一性についても触れる。
 さらに、光背と背面からの光の作用について、あえて「足りないものは」と問題提起し、偶然撮影された背面照射の写真を紹介する。それを白州正子と若い恋人をからませた挿話で飽きさせずに見せるといった具合。


 非常に有名な仏さまなので、ネット上でも多くの情報を得ることができる。参考までに2つを以下に。

http://www.shorinji-temple.jp/about/about04.html

http://nara.jr-central.co.jp/campaign/shorinji/index.html
【“聖林寺十一面観音立像 美の巨人たち”の続きを読む】

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

東大寺法華堂須弥壇 新発見!

東大寺二月堂本尊

【以下は引用】

東大寺の四天王像、元は法華堂に安置?

 奈良・東大寺の戒壇(かいだん)堂にある天平彫刻の傑作、四天王像(8世紀、塑像〈そぞう〉)など7体の国宝仏が、同寺最古の仏堂、法華堂(三月堂、国宝)の八角須弥壇(しゅみだん)に置かれていた可能性が高いことが、台座の痕跡からわかった。同寺の森本公誠(こうせい)長老が30日、東大寺ミュージアムの開館記念講演会で明らかにした。不明だった四天王像の「出自」が判明するとともに、法華堂の創建当初、計8体の仏像がひしめいていたことになる。

 木造の須弥壇は、八角形の下段(幅6メートル)に同形の上段(同4.5メートル)が載る。2010年に修理が始まるまで、上段にいずれも8世紀の国宝で、本尊の不空羂索(ふくうけんさく)観音像(脱活乾漆造〈だっかつかんしつづくり〉)と日光・月光(がっこう)両菩薩(ぼさつ)像(塑像)、下段に厨子(ずし)入りの執金剛神(しゅこんごうじん)像(同)の計4体が安置されていた。

 森本長老によると、1996年以降の調査で、下段に7体分の台座跡を確認。いずれも幅83センチ前後の八角形で、戒壇堂の四天王像(持国〈じこく〉天、増長〈ぞうちょう〉天、広目〈こうもく〉天、多聞〈たもん〉天)や日光・月光両菩薩像、執金剛神像の台座と一致した。各像がどの台座跡に対応するかは、仏像の配置の決まりも考慮しながら調べる。執金剛神像は当初、厨子なしで安置されていたとみられる。

20111031.jpg
台座跡を確認東大寺の境内図
20111031-2.jpg
法華堂八角須弥壇の配置

法華堂 本尊ぐるっと7仏像 須弥壇に台座跡…東大寺

 奈良市の東大寺法華堂(三月堂、国宝)の仏像を安置する「須弥壇しゅみだん」(解体修理中)に、奈良時代の創建当初とみられる仏像8体分の台座跡が残っていることがわかった。これまでは本尊・不空羂索けんさく観音立像、日光・月光がっこう菩薩ぼさつ立像、秘仏・執金剛神しゅこんごうじん像の国宝4体を安置していたが、新たに見つかった台座跡が同寺戒壇院の四天王像(持国じこく天、増長ぞうちょう天、広目こうもく天、多聞たもん天=国宝)とほぼ一致するため、同寺は創建当初にこの計8体が須弥壇上に配置されていた可能性が高いとしている。

 須弥壇は八角形の2段重ね(幅は上段約4メートル、下段約6メートル)で、修理前まで上段に不空羂索観音、日光・月光菩薩の3体を並べ、後ろに執金剛神を置いていた。今回の調査で、新たな台座跡が見つかったことで、創建当初は上段に不空羂索観音の1体を置き、下段は日光・月光菩薩、執金剛神と四天王像の計7体が取り囲んでいたとみられる。不空羂索観音の前には供物台のような痕跡もあった。

 四天王像は奈良時代に作られた塑像そぞうで、江戸時代から戒壇院にある。不空羂索観音、日光・月光菩薩の3体は、今月開館した境内の東大寺ミュージアムで公開中。執金剛神は法華堂内に安置されている。

 同寺長老の森本公誠・総合文化センター総長は「本尊の正面に供物台を置き、周囲に7体を並べた可能性が高い」と話している。

 文化庁美術学芸課の奥健夫・主任文化財調査官は「日光・月光両菩薩立像は守護神の梵天ぼんてん・帝釈天たいしゃくてん像として作られた可能性がある。本尊を守るため、7体を周囲に並べたのではないか」としている。

(2011年10月31日 読売新聞)

20111031-3.jpg
法華堂の須弥壇(東大寺提供)

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

東大寺ミュージアム内部公開

20111004-588389-1-L.jpg
報道陣に公開された「東大寺ミュージアム」(3日、奈良市で)=守屋由子氏撮影

【以下は引用】

仏像の柔和な表情引き立つ

奈良市の東大寺は3日、境内に建設した寺宝の展示施設「東大寺ミュージアム」を報道陣に公開した。10日から開館記念特別展「奈良時代の東大寺」(読売新聞社など後援、2013年1月14日まで)を開き、今年度は国宝12件、重要文化財24件を含む寺宝計60件を順次入れ替えて展示する。

 同ミュージアムは5部屋で計約600平方メートル。中心となる第2室は法華堂(三月堂)の内陣に似せ、低反射ガラスの展示ケースやLED照明を採用した。法華堂の本尊・不空羂索けんさく観音菩薩ぼさつ立像(国宝)や日光・月光がっこう両菩薩立像(同)などを間近に見られる。

 梶谷亮治館長は「大仏開眼会かいげんえ(752年)前後の東大寺を表現した展示にし、仏像が優しい顔つきになるように照明も工夫した」と話している。

(2011年10月4日 読売新聞)

表情やわらか天平の仏 - 東大寺ミュージアム10日開館

 約1250年にわたる東大寺の歴史を寺宝とともに紹介する「東大寺ミュージアム」(奈良市雑司町)が3日、報道関係者に公開された。同寺が南大門近くの東大寺学園跡地に建設、10日にオープンする。

 開館記念の特別展「奈良時代の東大寺」(平成25年1月14日まで)には国宝12件を含む延べ60件以上を出展。

 修理中の法華堂から移された本尊・不空羂索観音立像(国宝)や日光、月光両菩薩立像(同)のほか、「試みの大仏」と呼ばれる弥勒仏坐像(重要文化財)や聖武天皇の真筆と伝わる「賢愚経」(国宝)などがある。

 五つの展示室に分かれ、仏像の表情が出るよう照明も工夫した。仏堂にいるような感覚で観覧できる。

 梶谷亮治館長は「信仰心と美が一体であることを改めて感じた。人がつくった純粋の美を味わってほしい」と話した。

 開館時間は午前9時半から午後5時(11―2月は午後4時半まで)。
http://www.nara-np.co.jp/20111004092850.html

東大寺、天平の宝物など公開へ ミュージアムが完成

 東大寺(奈良市)は3日、境内の総合文化センター内に完成した展示施設「東大寺ミュージアム」が10日に開館するのを前に、報道陣に公開した。天平時代の宝物を中心に、東大寺の歴史を物語る仏像100+ 件や絵画を見ることができる。

 五つの展示室に分かれた館内は、約600平方メートルで全体に免震装置を施した。法華堂の本尊「不空羂索観音菩薩像」と「日光・月光両菩薩像」(いずれも国宝)をメーンに、本年度は国宝12件、重要文化財24件など計60件の宝物を公開する。

 同ミュージアムの梶谷亮治館長は「当時の人々の信仰心と美が一体だったことがよく分かる」と話した。
http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011100301000625.html

押出仏の音声菩薩か? 青森で発見!

0---.jpg
楽器を演奏する図柄の「押出仏」、右手を上げ、両ひざで抱えた鼓を打つ様子がわかる

 日本文化の国内での伝播の速度は早かったことがここでもわかる。畿内で作成されたと思われる珍しい音声菩薩が青森にて見つかった。音声菩薩については以下も参照。
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-159.html

【以下は引用】


十三湊遺跡周辺で出土「押出仏」

 五所川原市の十三湊遺跡か周辺で出土したとみられる銅板の菩薩(ぼさつ)像が、奈良時代(8世紀)に制作された「押出仏」と呼ばれる仏像で、楽器を演奏する珍しい図柄であることが分かった。県が12日発表した。
 押出仏は近畿地方で作られ、東北で出土するのはまれ。動きのある図柄は初めてで、県は仏教美術史上、貴重な発見としている。(東奥日報)


押出仏:楽器奏でる菩薩 8世紀の銅板、寺院遺跡から--青森・五所川原で出土

 青森県五所川原市で出土したとみられる銅板の菩薩座像について、県と市教委は12日、奈良時代の8世紀に作られた、楽器を奏でる「押出仏(おしだしぶつ)」であることが分かったと発表した。調査した弘前大の須藤弘敏教授(仏教美術史)は「現存の押出仏は合掌姿などしかなく、演奏など動きのある姿は国内外でも例がない」と説明している。

 座像は高さ約13・5センチ、幅約8センチ。右手を上げて、ひざに載せた「腰鼓(ようこ)」と呼ばれる鼓を打つ姿をしている。作製された当時は全体に金箔(きんぱく)が張られ、輝いていた可能性が高いという。

 押出仏は、厚さ1ミリ以下の薄い銅板を「型」となる銅製の仏像の上に当て、金づちなどでたたき出して作る。唐の時代に中国で始まり、日本では奈良地方を中心に7~8世紀にのみ作られたという。押出仏の現存例は全国で約80体と少ない。(毎日新聞)

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

東大寺 アンソロジー

東大寺大仏3

東大寺大仏

001-3

0009

東大寺戒壇院

東大寺燈籠

大遣唐使展 4 <東大寺大仏殿前八角灯籠火袋音声菩薩>

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-159.html 【“東大寺 アンソロジー”の続きを読む】

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

FC2Ad