大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」  再訪そして終了

運慶 千手観音立像510号(重文) 平安時代

これは運慶作かどうか判断がわかれるけれど、京都三十三間堂にある千手観音立像510号(重文)である。もしも運慶作であるとすれば、円成寺作以前の修行時代の作品ということになる。父康慶の下で、三十三間堂の修復に従事していた少年時代である。

さて、興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」 に、11月23日(木)の勤労感謝の日の夕刻に行った。すでに下記で書くべきことは書いたので、頭をからっぽにして、ゆっくりと観賞した。時代を切り拓いた仏師(彫刻家)群像の迫力ある「鑿使い」に、ただただ打たれる思いであった。

興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」

運慶展 東博

先日、表記展に行ってじっくりと拝観した。音声ガイドが、有名人の不必要なトークではなくてオーソドックスなナレーションに戻り、聞きやすくとても良くなった。また、照明効果の素晴らしさに感嘆した。今日は下記の興味深い講座を受講する。講師の阿久津 裕彦 氏の語り口は若手・少壮ながら、落ち着いてわかりやすく、なによりアプローチが正攻法で参考になった。

解剖学で観る運慶 ―特別展「運慶」によせて
講師名:東京芸大講師 阿久津 裕彦 氏
日程:2017年 10/28 (土) 10:30-12:00
会場:新宿住友ビル10階 〈9号教室〉

https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/3f759712-0a65-c33b-0688-59754b0a23d7

➡ 仏師 運慶論 その根底にあるもの  
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-522.html 参照

快慶展 奈良国立博物館

会計
特別展で展示される国宝「僧形八幡神坐像」

快慶作品がたくさん展示される。快慶の凄さの一端ー仏さまの豊かな頬、その薄い皮膚の質感を冴え冴えと彫れる天才である。次の快慶論も参照。

➡ 仏師 快慶論  意識した芸術家の横顔
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-426.html

【以下は引用】

傑作ずらり、「快慶」展…奈良国博で4月から

 奈良市の奈良国立博物館は22日、鎌倉時代の仏師・快慶の代表作を集めた特別展「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」(読売新聞社など主催)を4月8日~6月4日に開くと発表した。

 鮮やかな彩色が残る「僧形八幡神坐像そうぎょうはちまんしんざぞう」(東大寺蔵)など国宝7件を含む88件を出展。うち37件は、銘文などから快慶が手がけたことが裏付けられており、快慶作と判明している作品のうち8割強が集う。

 快慶は、鎌倉彫刻の完成に大きな影響を与えたが、生没年など生涯については不明な点が多い。特別展では仏像のほか、作品成立にまつわる資料なども展示し、快慶の魅力や人物像に迫る。

 湯山賢一館長は「快慶作品がこれほど集まるのは初めて。快慶の魅力にふれてほしい」と話す。

 午前9時30分~午後5時(金、土曜は午後7時まで)。月曜休館(5月1日は開館)。観覧料金は一般1500円、高校大学生1000円、小・中学生500円。

 問い合わせは同館ハローダイヤル(050・5542・8600)。
http://www.narahaku.go.jp/exhibition/2017toku/kaikei/kaikei_index.html

2017年02月23日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20170223-OYO1T50004.html

快慶の名品 ギャラリー(手元の画像のみ。今回の出展内容とは一部異なります)

日本の美術241 阿弥陀如来像 
東大寺 阿弥陀如来立像

金泥塗(きんでいぬり)に截金文様(きりかねもんよう)を表した髪際高(はっさいこう)3尺の立像。文献および足枘(あしほぞ)の刻銘と針書(はりがき)により、快慶を作者として建仁3年に完成した後、承元2年(1208)に截金を施したと見られる。頭部内に金属製の五輪塔が、像内右脚部に2巻の巻子(かんす)が納められている。

快慶 光台院 阿弥陀三尊
光台院 阿弥陀三尊

浄土寺阿弥陀三尊
浄土寺 阿弥陀三尊
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-293.html

快慶 耕林寺 宝冠阿弥陀如来坐像
耕林寺 宝冠阿弥陀如来坐像

快慶 大日如来 石山寺
石山寺 大日如来坐像 
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-338.html

快慶 西方寺 阿弥陀如来立像
西方寺 阿弥陀如来立像

木造 金泥塗・截金 像高98.5 cm
鎌倉時代(12~13世紀) 快慶作

足枘(あしほぞ)に「巧匠(梵字アン)阿弥陀仏」の墨書があり、無位時代の快慶の作とわかる。明快な表情や衣文の表現、体軀(たいく)の肉取りなどに、若々しい感覚が充溢する。袈裟(けさ)を左肩から紐で吊り、末端を左腕に懸ける表現は、快慶の三尺(さんじゃく)如来立像では本像のみ。

快慶地蔵菩薩立像
東大寺 地蔵菩薩立像
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-85.html

快慶 藤田美術館 地蔵菩薩立像
藤田美術館 地蔵菩薩立像
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快慶 大圓寺 阿弥陀如来立像
大圓寺 阿弥陀如来立像

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快慶 釈迦如来立像
アメリカ・キンベル美術館 釈迦如来立像

木造 金泥塗・截金 像高81.8 cm
鎌倉時代(13世紀) 快慶作

表面の美しい金泥塗(きんでいぬり)や截金文様(きりかねもんよう)をよく残す保存状態の良い作品。足枘(あしほぞ)に「巧匠/法眼快慶」(/は改行)の墨書があり、快慶の比較的晩年に近い時期の作と見られる。光背は当初のもので、周縁部に春日四所明神(かすがししょみょうじん)の種子(しゅじ)を表すことから、春日大社ないし興福寺周辺に伝来したと推測される。

快慶 ボストン2
ボストン美術館 弥勒菩薩立像

内納入品により、文治5年に快慶が造立した弥勒菩薩立像であることが判明する。今日知られる快慶作品のうち最も制作年代が早い。もと奈良・興福寺に伝来した。平安時代後期の作風も残るが、みずみずしい肉取りには作者の若さが溢(あふ)れ出るかのようである。
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-317.html

快慶 金剛峯寺 四天王像
金剛峯寺 四天王像

髪際高(はっさいこう)(髪ぎわまでの高さ)で約4尺の四天王像のうちの2軀。広目天像の左足枘(あしほぞ)外側に「巧匠快慶/アン(梵字)阿弥陀仏」(/は改行)の刻銘がある。鎌倉再建期の東大寺大仏殿内に安置された巨大な四天王像と同図像の作品で、そのひな型として造られた可能性がある。

快慶 高野山霊宝館収蔵 深沙大将
高野山霊宝館収蔵 深沙大将
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http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-315.html

快慶木造騎獅文殊菩薩及脇侍像
安倍文殊院 騎獅文殊菩薩及脇侍像
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-430.html

【“快慶展 奈良国立博物館”の続きを読む】

高野山 大宝蔵展

孔雀明王 快慶作 金剛峯寺
【以下は引用】
和歌山・高野山で大宝蔵展 開創1200年に合わせ9月27日まで

 開創1200年を迎えた高野山の「霊宝館」(高野町)で高野山大宝蔵展「高野山の名宝」が開かれている。快慶作の仏像「孔雀(くじゃく)明王像」など各寺院に伝わってきた多くの文化財の中からえりすぐりの約60点が展示されている。

 かつて高野山には千を超える寺院があったが、火災などで多くの文化財も失われた。その一方、現在の117ある寺院は、災害などの歴史をくぐり抜けてきた重要文化財や国宝などを所蔵している。

 「孔雀明王像」は鎌倉時代の作で、毒蛇やサソリなどを食べる孔雀の背に明王が座り、災厄を払うとされる。開創法会期間中に特別展示されていたが、好評だったことを受けて再び公開。同館の鳥羽正剛学芸員は「保存状態が良く、彩色も素晴らしい。孔雀の細い2本足で全体を支えるバランスの技術も感じられる」と話した。

 また、平成25年から2年がかりで保存修復が行われた重文の「浅井久政像」(安土・桃山時代)、「浅井長政像」(同)、「浅井長政夫人(お市の方)像」(江戸時代)の3枚も特別展示。修復の工程についても写真などで紹介している。江戸時代の「高野山壇上寺中絵図」は700あまりの寺院が描かれ、現在の姿と見比べられ、色鮮やかな曼荼羅(まんだら)や来迎図なども展示されている。

 9月27日まで。前期展は今月17日までで、展示品を一部入れ替えて後期展は20日から。午前8時半~午後5時半(入館は5時まで)で、会期中無休。大人600円、高・大学生350円、小中学生250円。問い合わせは同館(電)0736・56・2029。
http://www.sankei.com/region/news/150808/rgn1508080019-n1.html

高野山霊宝館について
http://www.reihokan.or.jp/syuzohin/cyokoku.html

快慶 安倍文殊院 騎獅文殊菩薩像

◆安倍文殊院2
安倍文殊院の諸像

 東京国立博物館には、興福寺勧学院の旧本尊と伝来される渡海文殊像がある。湛慶の後継者、康円の晩年の作であり1273(文永10)年の納入文書があるようだ。快慶の渡海文殊像は1220(承久2)年開眼なので、約半世紀後もこうした新たな群像がつくられていたことは大変興味深い。当時の南都での信仰の一端を示すものだろう。以下は東京国立博物館からの引用。

「この一群の像は五台山文殊(ごだいさんもんじゅ)とも渡海文殊(とかいもんじゅ)とも呼ばれ、中国における文殊の聖地五台山信仰を背景に産まれた図像に基づくが、海を渡る表現は日本に独特のものである。この像では台座の框(かまち)の上面に海の波が描かれている。文殊菩薩は髻(もとどり)を5つ結う形で、少年のような容姿に造るのは、経典に「童子相」とあるのによる。文殊の知恵が子供のように清らかであることを示す。侍者のうち幼い子供の姿は善財童子(ぜんざいどうし)。童子は文殊菩薩の説法に導かれて53の善知識を訪問し、菩薩行を体得したと『華厳経(けごんきょう)』に記される。」

http://www.emuseum.jp/detail/100434/000/000?mode=detail&d_lang=ja&s_lang=ja&class=3&title=&c_e=®ion=&era=¢ury=&cptype=&owner=&pos=9&num=2

 中国には菩薩信仰の聖地があり、「仏教四大名山」と呼ばれる。文殊菩薩の聖地は五台山(山西省)、普賢菩薩は峨眉山(がびざん、四川省)、観音菩薩は普陀山(浙江省)、地蔵菩薩は九華山(きゅうかざん、安徽省)。
渡海文殊は、文殊様がはるばる五台山から眷属を引き連れ、日本海を渡って、あるいは雲にのって日本に来てくださるという有難いストーリーと言えようか。
 円仁が将来した密教秘法では文殊菩薩を本尊とし、当時仏画もあわせて輸入されたが、同道する眷族は決まっており文殊五尊(五台山文殊)と呼ばれる。優填王(うてんおう、インドの国王と言われる)、最勝老人(さいしょうろうじん、文殊の化身。文殊院では文殊の問答相手の維摩居士とされる)、仏陀波利三蔵(ぶつだはりさんぞう、インドの学僧)、善財童子(文殊の影響から求技の旅にでた案内役)などであり、いずれも役回りがあるがそれは省略。
 慶派は、集団としてこの文殊五尊を「カタログ化」していたようで、先の康円作のほか、京都市左京区黒谷の金戒光明寺には運慶作と伝えられるものもある。さて、快慶像である。


快慶木造騎獅文殊菩薩及脇侍像
騎獅文殊菩薩像

 騎獅文殊菩薩および眷属像。重源と文殊院との所縁はすでに書いた。自ら五台山に学んだ重源、東大寺の別院でその重要度の高い寺院での慶派工房得意の作である。快慶の力が入らないわけがない。
 本尊の騎獅文殊菩薩は、桃山時代後補の獅子像をふくめて高さ約7mの大作。文殊菩薩像単体でも198.0mの像高がある。檜材の寄木造りでほかの眷属が玉眼なのに、本像は彫眼ながら双眼鏡でみると実に眼力のある彫り方である。
 内身は粉溜(素地に膠を塗り、その表面に金を鑢で細かくした粉をまいたもの)で装飾され、かつ彩色がほどこされている。見るからに緻密で細心の作業を思わせる。1203年に「安阿弥陀仏」(快慶)墨書銘があり、開眼は1220年。
 すでに、「美と醜」、「聖と俗」、「麗と朴」といった二分法的な発想では、快慶は前者のイメージ(美と聖と麗)が強いと書いたが、本像は文殊らしい童顔のうちに独特の強さも秘めていると感じる。遠くを一直線に見つめる眼差しには布教の決意がこめられているかのようだ。


→ (参照)拙稿「快慶論」 http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-426.html 【“快慶 安倍文殊院 騎獅文殊菩薩像”の続きを読む】

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