大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

『秘佛巡禮』

津田さち子『秘佛巡禮』1975年 駸々堂

 この女史の本ははじめて読む。女流で仏像を論じる名筆家は少なくない。このブログでも紹介したものもあるが、本書を読んで思うのは、その実、結構、ご苦労して秘仏を回っていていささか大変だっただろうなということである。
 素直を書いているので、お寺や仏さま、仏画に接したときの<感動>や逆に(抑えていても)、<しらけ>とでもいうべき思いも垣間見える。全49作品が紹介されるが、秀作に接したときの文章はやはり光っている。あえて、悪くちを言わなくとも読んでいれば、自ずと行きたい寺は限られてくる。女性の感性は恐い!


(参考)主要著作
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1.あの風景  津田さち子 沖積舎 2007/11 \1,890(税込)
2.奈良慕情  津田さち子 沖積舎 2005/12 \1,890(税込)
3.源実朝   津田さち子 沖積舎 2002/07 \2,940(税込)
4.思遠    津田さち子 沖積舎 1999/08 \2,940(税込)
5.こころの寺 津田さち子 三修社 1999/08 \2,940(税込)
6.猫が見た夢 津田さち子 まろうど社 1997/09 \2,625(税込)
7.大河は花を浮かべて 津田さち子 大本山永平寺祖山傘松会 1995/03 \2,548(税込) [入手不可]
8.手鏡の月  津田さち子 沖積舎 1992/07 \3,058(税込)
9.秘仏巡礼 改訂第3版  津田さち子 駸々堂出版 1980/05 \1,470(税込) [絶版]
10.良寛ひとり 津田さち子 大本山永平寺祖山傘松会 1991/01 \2,625(税込) [入手不可]
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/pocketpc/wsea.cgi?HITCNT=10&W-AUTHOR=%92%C3%93c%82%B3%82%BF%8Eq

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光と仰角

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A ドラクロア「バリケードを越える自由」(部分)

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B レオナルド「聖マリアと聖母子」(部分)

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C レンブラント「ろうそくを持つ老母」

 井手則雄『西洋の美術 原始時代からフランス革命まで』1961年 筑摩書房(pp.198-201)には興味深い指摘がある。名画に隠された優れた技法ー絵画における光の効果(陰影法)についての記述である。Aは「横」からの光の例で、旗をかざして闘う美しい女性の横顔に注目、Bは「上」からの光の例で、聖母子の背後にたたずむ聖アンナの慈しみある顔(額から目元)に注目、Cは「下」からの光の例で、これは見てのとおり手にもったか細いろうそくの揺らぐ光を受けて、老婆の表情のリアリティを追究したレンブラントの秀作である。西洋絵画について、こうした分析はよく行われるが、ふと日本の仏像についてもアナロジカルに考えてみたくなる。

【野中寺弥勒菩薩像】

野中寺img007

 とても小振りの仏さまなのだが、見る角度(仰角)と光のあて方によって印象がおおきく異なる。上は横下方からのアプローチであるが、一種、大仏のような厳しい偉容があることがわかる。小金銅仏の場合、どうしても観察者の目線は(下の写真のように)平行ないし上部からとなるが、持念仏の場合、むしろ下から拝むことを念頭につくられたものも多かろう。よって、下から見上げた時に、像容の威厳とその表情が一変するのもこうした仏さまに接しての楽しみのひとつである。

野中寺弥勒菩薩2

【中宮寺観音】

中宮寺観音N3

 ルドルフ・アルンハイム『美術と視覚 美と創造の心理学』波多野完治・関計夫訳 1964年 美術出版社では、上下巻で次の章立てで詳細な分析が行われている。
序文、第Ⅰ章 バランス、第Ⅱ章 形、第Ⅲ章 形式、第Ⅳ章 成長(以上上巻)
第Ⅴ章 空間、第Ⅵ章 光、第Ⅶ章 色彩、第Ⅷ章 運動、第Ⅸ章 緊張、第Ⅹ章 表現(以上下巻)
 こうした要素で芸術作品を分析していく方法論そのものにも関心はあるが、上記分析領域のどこからみても「一級」の評価間違いないのが、中宮寺観音(弥勒菩薩)である。
 野中寺弥勒像はいまも鍍金のあとが残り、当初の金色(こんじき)のイメージを連想することができるが、中宮寺観音は木造で漆をかけており、そのうえに金をのせている。金は剥落して地の部分が磨かれ、見てのとおり「黒光りの美」をわれわれに示してくれている。どの角度からみても印象がぶれない絶妙なバランスに支配されているが、やはり堂宇に座して上目で拝むとき(下の写真の構図)に有り難さが倍加するように思う。光や仰角のもつ意味をよく考えて鎮座しておられると思う。


中宮寺菩薩

【興福寺仏頭】

興福寺仏頭

 本像については比較的最近、このブログに書いたので今日は多くは語らない(http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-170.htmlを参照)。もともと仰角のことを考える切っ掛けは、この仏頭を凝視しているときに思った。上の写真の厳しいご尊顔は大仏のもつ緊張感も具現していると感じる。その一方、下の写真では、失われた躯体について、むしろ憐憫の感情もわきおこる。なお、大きな右耳のアングル(左耳は欠落)からみたお姿にはまた別の驚きもあり、左右からの印象が異なることも付記しておこう。

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『 日本仏教史 〈古代〉』

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速水侑『日本仏教史〈古代〉』 1986/02 吉川弘文館(以下「速水1986」)

を読む(※1)。大変整理された労作で参考になる。以下、やや自由に、自分なりに聖徳太子時代までの事績をメモしておきたい。

1.中国の仏教受容
 日本に仏教が伝来する以前、中国では仏教について多様な展開があった。さまざまな分派があったとも言えるし経典の解釈にも単線的でない「厚み」があり、偶像信仰についても釈迦、弥勒、観音などのヴァリエーションも展開されていた。また、「先進国」中国は当時にあって文化の坩堝であり、新しいイデオロギーである仏教も、それ以前の既存の価値観との相克、同化、新たな定立の過程で変容していく。
 また、そのなかで、なにが、いつ「属国」にもたらされたかによって、各国内で胚胎の仕様がかわっていくダイナミックなものとして捉える必要がある。

2.属国への伝搬
 まず、高句麗(372年)に、次に百済(384年~)、遅れて新羅(514年~)に仏教は「公伝」されるが、もちろんこれ以外の民間レベルの私伝ははやくからあったと推定される。
 このうち、百済は枕流王(384年)、武寧王(501~523年)、聖明王(523~554年)の時代にそって隆盛をみていくと考えられる。これら三国は当時の中国の「冊封」(さくほう)下にあるいわば属国であり、仏教は宗主国からの一種の文化移入、「公伝」であることが重要である。

3.日本への伝来
 日本への伝来については、壬申伝来説(552年)と戊午伝来説(538年)が従来からあるが、筆者は慎重な検討を行い、どちらかに優位な判定をあたえず、「欽明朝」のいずれかのタイミングとしている。その場合の推定レンジは、欽明元年(532年:法王帝説)から欽明帝の没年(571年:日本書紀)までの間となる。
 これは、あくまでも「公伝」であり、古墳の「四仏四獣鏡」などにはこれよりはやくから釈迦三尊像、二尊像が配されていることからも、仏教的なるものは、日本にも渡来人を中心にもたらされていた。

4.蘇我VS物部抗争
 崇仏派たる蘇我氏と排仏派たる物部氏との抗争という日本書紀の「構図」について、筆者はここでも慎重な見方をしており、東漢氏および所領をめぐる権力闘争論に主軸をおいて解釈している。物部氏にだって、仏教受容の開明性はあったのでないかといった疑問であり実に面白い。
 しかし、その一方で、蘇我一族が仏教受容に熱心であった事実は動かしがたく、それは当時の中国および朝鮮半島情勢を分析していれば、いずれ仏教が、東アジア全体で重要な支配モメンタムになるという可能性をみていたからかも知れない。

5.聖徳太子論
 筆者の聖徳太子の評価には共感できる。このブログでいままで記してきた聖徳太子像にも共通し、秀でた政治家で仏教などの新文物にも明るく、「鎮護国家」論以前の仏教の教典としての意義、大乗仏教のもつ信仰面での重要性を認識していた知識人像が浮かび上がる。その一方で、なんでも自分で成し遂げるスーパースター性には疑問を呈し、一種のブレーン制による共同作業論を滲ませている。


※1:本書の特色(以下は引用)
 近年発展めざましい日本仏教史と関連諸領域の研究成果を総合し、多数の写真を配し、平易に叙述した最新の概説。古代仏教史上の諸現象を一貫した流れとして有機的にとらえるとともに、難読・難解な語句にはルビや訳を付す。

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田中豊蔵と上野直昭

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 むかしの学者は実に偉かったなあと思う。きょうは手元に2冊の古本がある。
田中豊蔵『日本美術の研究』二玄社 1960年(以下「田中1960」)
上野直昭『日本美術史 上代篇』 河出書房 1949年(以下「上野1949」)

 まず、田中豊蔵について下記を参照。氏は1948年に逝去しているが、この本は13回忌を記念して1960年に出版された。その「序」は上野直昭が書いている。


(参考)
田中豊蔵 1881-1948年 大正-昭和時代の美術史家。
明治14年10月2日生まれ。田中喜作の兄。雑誌「国華」編集員,慶大,東京美術学校(現東京芸大)の講師をへて昭和3年京城帝大教授。戦後は文部省美術研究所長となり,東京都美術館長もかねた。昭和23年4月26日死去。68歳。京都出身。東京帝大卒。号は倉浪子。著作に「東洋美術談叢」など。
http://kotobank.jp/word/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E8%B1%8A%E8%94%B5

 次に上野直昭について同様に下記を参照。この二人は同年代。ともに関西出身で東京帝大で学び、さらに京城帝大に同時期に赴任。戦前の有力な美術史専攻の教授であった。田中は戦後68才で逝去したが、上野は長寿を全うした。ゆえに、田中の遺稿集の出版に関与した。

(参考)
上野直昭 1882年11月11日 - 1973年4月11日は、美学者。兵庫県生まれ。
東京帝国大学哲学科卒、1924年から2年間、欧米留学。その後、京城帝国大学、九州帝国大学で教授をする。1941年大阪市立美術館館長、その後東京美術学校校長、東京国立博物館館長、愛知県立芸術大学学長を歴任。日本の絵巻物や東洋と西洋の美術比較等に造詣が深い。1946年帝国学士院会員。1959年文化功労者。主著に「絵巻物研究」、「日本美術の話」等。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E7%9B%B4%E6%98%AD

 「田中1960」では「玉虫厨子に関する考察」(1930年)ほか興味深い論文が多数収録されているが、関係文献を徹底的に読み込み、かつ卓抜な構想力をもって史実に迫ろうとする態度になんとも<凄み>を感じる。その典型が「仏師定朝」(1931年)であり、これは機会をみて別に紹介したいが、康尚ー定朝ー覚助の「血縁」の系譜とともに、定朝の「弟子」長勢の系譜をくっきりと描き、読んでいて得心する明解さがある。
もっともここに収録されている日本美術に関する論考のレンジはきわめて広く、彫刻よりも絵画に力点がおかれており、また庭園についての造詣も深い。その意味で、美術史においてもその「学問」が専門分化する以前の教養主義、高邁な知見を感じる。
 その一方、「上野1949」もユニークである。氏は西洋美術史を専攻し、本著と前後してイマヌエル・カント『美と崇高との感情性に関する観察 』岩波文庫 1948年の翻訳も上梓している。西洋美術から入り、戦中の特殊の時代を京城ですごし、その後、日本美術の研究に勤しむことになった。本書はいま読んでも、表記、文章表現は別だが、その内容にはそう古さを感じない部分も多い。日本美術史専攻の正統の学者とは、あえて位相を異にする発想の部分がそのユニークさに通じているようにも思う。飛鳥、白鳳、天平といった「上代」を中心に論じているのも、その文化、文明の<コスモポリタン性>があるがゆえとも言えよう。

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『古代人の精神世界』、『古代史の人びと』

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湯浅 泰雄『古代人の精神世界 』 (歴史と日本人〈1〉) (1980年)ミネルヴァ書房 (以下「湯浅1980」という)
直木 孝次郎『古代史の人びと』(1976) 吉川弘文館(以下「直木1976」)


を読む。どちらも面白い。
 「湯浅1980」では、思想史の立場から古代人(といっても飛鳥時代、仏教伝来以降が中心)の精神構造を考える。いわゆる神道(原始信仰)と仏教(とりわけ密教受容以降)の関係性がクローズアップされる。
前者を底層(下層)、後者を表層(上層)とする「二重構造」があることを指摘しつつ、しかし、それは本居宣長、その後、丸山真男らが措定したものとは異なり、独立的ではない。両者は相互に影響を及ぼし、空海を祖とする密教の体系化によって、「神仏習合」という部分融合も果たしていくといった所論である。
 この考え方で彫刻をみていくと、空海以前の両者の関係性が乏しい時期の作品に自分が価値をおいていることがわかる。すなわち貞観彫刻以前という<括り>であり、仏教的表層と神道的底層が未分化な時代の彫刻である。

 「直木1976」は、オム二バス風、いろいろな論文、論点が混在しており、ひとことでは要約はできないが、平城京の分析、および叙述の部分が見事であり、可視的な文章力をもっている。つまり、瞼に映るように書いているという感じである。相当な知識と「自信」がなければここまで書けないだろう。その一方、この人も論争的な人で、挑発的な発言も多いが、感性と思考力を刺激する、いま読んでも古さを感じない本である。
 また、書評では、井上光貞『日本古代史の諸問題』、林屋辰三郎『古代国家の解体』、北山茂夫『日本古代政治史の研究』、上田正昭『日本古代国家成立史の研究』、岸俊男『日本古代政治史研究』、吉田晶『日本古代国家成立史論ー国造制を中心としてー』を取り上げているが、この時代の研究者の層の厚さと熱意には隔世の感もある。

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