大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

奈良 室生・桜井 に遊ぶ

◆室生寺金堂諸仏
室生寺金堂諸仏

 畏友O氏の案内で、奈良に遊ぶ。関西在勤中の2008年4月27日以来である。前回は観音寺(普賢寺)、蟹満寺、禅定寺、MIHO MUSEUM、関宿といった広域コースであったが、今回のO氏の推賞コースは室生・桜井方面に絞っての拝観である。

(参考)前回のメモ
◆飛鳥・白鳳彫刻の魅力(5) 蟹満寺釈迦如来座像
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-59.html

 室生寺、聖林寺、そして安倍文殊院をクルマでまわり、飛鳥の山田寺近くの山田亭にて出汁のきいた美味しい天婦羅うどんをご馳走になって、近鉄橿原神宮前駅まで送ってもらう。いつもながら心から有難く、多謝である。

 以下は、室生寺、聖林寺の諸像の一部についての感想(動画をふくめ下記記事も参照)。

◆室生寺十一面観音
室生寺金堂十一面観音

 室生寺金堂の十一面観音立像は、小雪舞う冷気のなかにあって、ほの温かさを感じさせる絶妙な表情(特に向かって斜め左側からのお姿がとてもよい)が淡い彩色とともに印象に残る。平安当時、特定の若き美女を写したかもしれない「あざとさ」を感じさせる一方で、その印象を脱色するかのような可憐さ、清純さ、慈しみが前面に見事にでている。今世の善女からの圧倒的な支持をうける理由がわかる気がした。

◆室生寺釈迦坐像
室生寺国宝釈迦坐像

◆室生寺釈迦立像
室生寺国宝釈迦立像

 室生寺では、立像、坐像の2体の国宝釈迦如来が有名だが、坐像のほうは出開帳でいろいろなところにおでかけになっており、眼にふれる機会も多い。名優フランキー堺(古いなあ・・・)に似ている、などと不謹慎な軽口をたたき、O氏の顰蹙をかったかも知れないが、それだけ誰にでも親しみやすいご尊顔である。
 一方、立像の方は金堂のご本尊だが、本来は薬師如来であったとも言われる。前に控える十二神将との眷属関連でも薬師如来説には説得力がある。神護寺や元興寺などの貞観彫刻にくらべて、いかにも柔和な印象ながら、像高237.7㎝のお姿は実に大きく見える。帰宅後調べて、深く鋭角的な「翻波式」衣文に対して薄く流麗に彫る「漣波式」衣文と呼ばれることを思い出したが、漣(波)<さざなみ>の譬えはなるほどと思う。また、残された黒漆の胴体とベンガラ彩色の薄紅色の法衣のコントラストもユニークである。

聖林寺6
聖林寺十一面観音立像

 聖林寺十一面観音立像のご尊顔には森厳さが漂う。209.1㎝の大像の体躯、その素晴らしいプロポーションは「現代的な」女性美の基準にぴたりと合致するが、ご尊顔に集中すれば、痛々しいひび割れ、剥落をあえて「自己補正」して見たとしても、その本来の面立ちには厳しさと近寄りがたい「稟性」がある。体躯の女性を打ち消すような丈夫ぶりといっていいかも知れない。
 その一方で、なぜかまわりに寂寞さが漂う。室生寺の群像の仏さまの「ほっこり感」とは対極の、孤高の屹立さは緊張感を周囲に放ってるようだ。この仏さまに関しては、かつての小生の「あざとい」見方そのものを修正せねばならない。かつ本像隣・中央には、おそらくいまの薬師寺薬師三尊同様、森厳さを湛えた「本尊如来」がおあしたのではないかと見ながらに勝手に連想した。いまは一人残されて佇む者ゆえの強き孤高さかも知れない。


(参考)
十一面観音像の由来(聖林寺以前に大神寺<大御輪寺>に本像があったことを踏まえて)

【以下は引用】
 さて、十一面観音像であるが、大神寺の創建以来の仏像であると思いたいところであるが、そうは単純に断定できないらしい。観音像の安置が確認できるのは、文献や旧本堂の建築的な検討から弘安3年以降となる。それ以前の本堂のスケールでは十一面観音像を納めるには無理があるというのが、専門家の意見である。それでは、大神寺の他の堂から観音像は移されたのか、あるいは他の寺から運ばれたのか。これも両説がある。

 本殿の天井裏から脱活乾漆の螺髪断片が見つかっていて、奈良時代の丈六如来像の一部と考えられる。乾漆造りの仏像は官営の工房が担った。大神寺は氏寺にしては相当の規模と内容を備えたものであったと想像できるが、これは大神氏が名門であったことと朝廷からの厚い支援あってこそ可能だろう。沙門浄三の記事は朝廷との太いパイプを裏付けているのではないだろうか。乾漆の丈六如来像に脇侍の十一面観音像、古代三輪山の麓に招来され、麗しくも輝いた美形の仏たちが思い浮かぶのである
<出典>奈良歴史漫歩 No.071「大御輪寺の滅亡」橋川紀夫氏による
http://www5.kcn.ne.jp/~book-h/mm074.html

◆仏像・雑感
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-305.html
◆聖林寺十一面観音立像 美の巨人たち
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-376.html
◆仏像は深い34 あざとい「美しさ」のほとけさま
http://blog.livedoor.jp/shokkou/archives/1853842.html

  安倍文殊院の諸像についても、さまざまなことを考えたが、下記、快慶論を補完する意味でも他日に期したい。

◆快慶論
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-426.html

海住山寺

海住山寺

畏友O氏から以下のメールをもらいました。以下、勝手ながら転載します。
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京都も涼しくなってきました。
夏の夜、祇園で楽しくお話できたことを思い出しています。

先週末、奈良博の「みほとけのかたち」という特別展に行ってきました。
雨で人の少ない奈良をゆっくり楽しみました。

驚いたのは、海住山寺の精緻な小像でした。十一面観音も素晴らしく美しいものです。
全く思いがけなかったのは、東大寺の復興の際に慶派によって作られたという四天王、その模刻です。

完璧な造形です。家から近くの蟹満寺と同じ南山城にこれほどの美があったとは思いもしませんでした。
模刻とはいえ、これほどの技量を持つのは、運慶と同等のレベルと思います。

美しいものに出会えてとても嬉しくてメールしました。

秋になったら、奈良で遊びましょうね。
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(織工)ありがとうございました。
    とても羨ましい、行きたいです、奈良へ

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三大微笑

<鏡>さんから以下のご意見がありました。ありがとうございます。実に、よく観察されていますね!

【三大微笑】
法隆寺釈迦三尊と同じように、この救世観音も金箔の剥離の具合が表情に本来無いものを付け加えて見る者に誤解を与えています。原始的な顔とか野生の表情とか、異様さが言われているのを聞いたことがあります。どんな品格のある顔も、口の周りを黒く塗ってみれば、昔の漫画で典型的なヒゲの濃いドロボーのおじさんの顔になります。さらにこの写真でいえば顔の向かって左半分が明るすぎるのです。それが口の周りの暗さを強調するのです。
試しに、左半分を隠して、比較的暗いお顔の右半分と口元を一緒に見てみると違和感がないばかりか、本来の慈悲の表情が現れます。これは原始的な印象からくる、呪ったり、呪われたりとは無縁の表情です。中宮時の弥勒菩薩のように金箔が完全に無くなってしまえば印象は随分と違うでしょう。本来の造形は近づいて凝視しなければ解らないこともあります。世界の三大微笑は斑鳩だけでそろいますね。

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法隆寺釈迦三尊像<異聞>

法隆寺釈迦三尊images

下記の記事について、<鏡>さんから貴重なご意見を頂いた。了解を得て以下に掲載します。

【釈迦三尊】
奈良博には2週間前の未だ四天王が二天王の時に行きました。背後から見た四天王の袖口のフリルは、羽化したての昆虫の羽根のようでした。玉虫の厨子など、何故か法隆寺は昆虫のイメージがあります。 天蓋の年代に関しては、
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080613/acd0806131913007-n1.htm
のようにもっと以前の木材との説もありました。
先週の土曜は、ちょうど重源の命日で、像が開帳されていましたので行ってきました。リアルではありましたが、ものわかりの悪い老人のイメージと言えば失礼でしょうか。

法隆寺の釈迦三尊は上御堂で拝観して以来、頭を離れません。硬いとか厳しいという評判は、お顔の金メッキの剥離の具合が、たまたま目や眉の形に厳しい表情を加えたのもで、暗い金堂で遠くからしかも正面からみればそのように錯覚するようです。明るいところで、近くから、そして少し斜めからお顔を窺えば、これぼど品格と慈悲をそなえた仏像は他には思い浮かびません。印の如く、初めての人にも「畏れなくてよい」と語りかけているような表情です。この表情は外へ向けての大海のようなメッセージのようであり、特定の人間の病気の平癒等を願っているようなスケールの小さなものではないように感じます。
「凝着」に雑音を入れました。 




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