大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

古代仏像の人類学的研究

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『古代仏像の人類学的研究』 北村直躬・石崎達二共著, 岩波書店, 1935年

北村直躬
1892-1972大正-昭和時代の医学者,教育者。
明治25年1月18日生まれ。満州医大教授をへて,昭和22年熊本女子専門学校校長。24年大学昇格とともに熊本女子大初代学長となり,18年間学長をつとめた。昭和47年1月24日死去。80歳。熊本県出身。京都帝大卒。著作に「人類学上より見たる古代仏像」など。

石崎 達二
主要著書:「親鸞聖人並其教団に具現せる日本精神」、「推古時代に於ける造像の心理・種類・起源及び芸術的流派に就いて」、「阿育王塔に関する研究」、「推古時代の浄土教美術について」、「日本精神と真宗」、「文献に見えたる四十八体仏」、「来迎美術について」、「阿育王塔の研究」、「仏教渡来より天智天皇末年に至る正史に見えたる仏像に就いて」、「白鳳時代の浄土教美術について」

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

仏像彫刻試論5 石仏

運慶N1

 最近、石仏の本に惹かれている。もっとも身近な仏さまであるとともに、野ざらしの石仏は風土とともに磨耗し、ながい年月をへて石くれに戻っていく。そう、「風化」していく。そこに魅力を感じる人も多いようだ。
 石仏の研究家は、一般の仏像研究者とはちがい、「石をいかす」という視点を特に大切にする。すなわち様式などを重視するよりも、彫刻家とながき生命を宿した石との関係性こそが大事であるという見方である。
 たとえば、立派な堂宇に鎮座する金銅仏と野辺に佇む石仏を比較すれば、前者は為政者が発願する場合が多いだろうが、後者は民間信仰の自然の発意が背景にあるといった違いがあるだろう。
 前者は儀軌などにそって、厳密に作造されることが当然だろうが、後者は風景に同化しそこにある石と人間(集落)などとの関係性こそが後世からみた関心の中心となる。そうした見地からは、様式史などは付随的な要素のひとつとみなされる。
 本を見ていると、日本にも、人里はなれた山中などには大きな磨崖仏があることに驚く。これは原始からの山岳信仰、その後、平安以降の密教の影響なども強いのだろう。石の宿す本源的な力にくわえて、大胆な造形美はときに素朴であり、ときに荒々しい。おそらく、一般人に見られることを想定はしていないながら、そこに苦労して足を運べば、誰にでもそのお姿を開放しているパラドックス。堂宇のなかの秘仏とは対極の存在であり、屋外だから写真撮影禁止などのこうるさい制限もふつうはない。そこからも石仏や良しの感覚はよくわかる。 

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