大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

薬師寺 東京別院

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修復された十一面千手観音菩薩像(右)は全国初公開。薬師寺の僧侶らが慎重に展覧会の準備にあたった=25日、東京都品川区の薬師寺東京別院

 朝日新聞の配信。薬師寺さんは最近、話題をよく提供してくれる。以下は引用。

薬師寺の至宝、東京別院で公開 6件は全国初
2011年2月26日 朝日新聞

 奈良・薬師寺に伝わる文化財を特別公開する「薬師寺の文化財保護展」(朝日新聞社後援)が26日から、東京都品川区の薬師寺東京別院で始まる。修復して往時の姿を取り戻した仏像や、調査で奈良時代のものと分かった経典など計9件。うち6件は全国初公開となる。3月6日まで。

 薬師寺は1989年から、保管する仏像などの修復と調査に取り組んでいる。その一環で修復された全国初公開の仏像の一つ、鎌倉時代の十一面千手観音菩薩(じゅういちめんせんじゅかんのんぼさつ)像は、42の手に加えて翼のような小さな手の浮き彫りも復元。威厳に満ちた表情とともに、整った立ち姿がよみがえった。

江戸時代のものと考えられていた大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみたきょう)(永恩経〈えいおんきょう〉)は、貴重な奈良時代の経典だった。平安時代の聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)像も、江戸時代に十一面観音像に造り替えられていたことが分かった。この2件も全国初の公開となる。

 特別公開では、3月6日まで東京・上野の東京国立博物館で開催中の「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」展を記念し、平山さんが奉納した散華(さんげ)原画7件も展示する。

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仏像をまもる先端技術

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阿修羅像(奥)などの仏像に設置される免震装置=16日、奈良市、矢木隆晴撮影


 薬師寺のつぎは興福寺での話題。こうした先端技術をより結集し、仏像プロテクションをもっとより良きものとしてほしい。素人考えだがこうした仕組みは昨今多発している防犯にも使えるのでないか、などと思った。

【以下は引用】
 
国宝仏像に免震装置 震度7でも転倒防止 奈良・興福寺2011年2月17日4時38分 朝日新聞

 阿修羅像などの国宝仏を地震から守るため、興福寺(奈良市)は16日、免震装置を導入すると発表した。展示台の下に薄い特殊な鋼板とステンレス板を組み込むことで地震の揺れを少なくし、震度5~7でも転倒を防ぐという。
 免震関連メーカー「アイディールブレーン」(東京)が開発した。50センチ四方に4千個の丸い隆起が施されたステンレス板(厚さ1.5ミリ)の上に、特殊コーティングした鋼板(同1.6ミリ)を設置。展示台をその上に置き、揺れを吸収する仕組みだ。

 多数の国宝・重要文化財を展示する同寺国宝館は1959年に建築され、免震設備はなかった。免震装置が施されるのは、上半身だけが残る五部浄像を除く八部衆・十大弟子像13体(734年、脱活乾漆(だっかつかんしつ)造)など17体。18日から3日間、閉館後に施工する。多川俊映(しゅんえい)貫首は「大地震でも十分機能してくれるのではないか」と話している。(編集委員・小滝ちひろ)

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薬師寺 珍談あり!

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平安時代のものと判明した聖観音菩薩像 =14日、奈良市西ノ京町・薬師寺 (竹川禎一郎撮影)

こんなニュースもあり。薬師寺でのちょっと愉快な珍談を以下に掲載!

「リニューアルして逆に古く」 薬師寺所の十一面観音菩薩像 
2011.2.14 20:20 産経新聞ニュース

 薬師寺(奈良市)所蔵で、江戸時代の仏像と伝わっていた木造十一面観音菩薩像(像高53センチ)が、実際は約千年前の平安時代の聖観音(しょうかんのん)菩薩像だったことが分かり14日、同寺が発表した。修復のため仏像に貼られた和紙をはがした結果、江戸時代に改造されていたことが判明。同寺は「リニューアルして逆に古くなりました」と驚いている。

 同寺によると、この仏像は、和紙を貼り彩色を施す江戸時代の技法が使われていたことから当時の十一面観音菩薩像とされていた。同寺の大宝蔵殿で保管していたが、両腕がなくなり鼻が欠けるなど傷みが激しくなり、修復と調査を「矢野造形技法研究所」(京都府木津川市)に依頼した。

 ところが、同研究所が和紙をはがして調べた結果、ヒノキ材の一木彫で全体の造形から平安時代中期の仏像と判明。さらに奈良国立博物館文化財保存修理所(奈良市)の平成20年4月からの調査で、仏像の頭頂部が切断され、江戸時代に十一面観音菩薩像に改造された形跡があり、平安時代の制作時は聖観音菩薩像だったことも分かった。

 同修理所が約2年間かけて頭頂部や両手を補完するなどして復元。台座や光背も新調し、今月26日から薬師寺東京別院(東京都品川区)で公開される。

 同博物館学芸部の鈴木喜博上席研究員は「信仰の対象の変化で江戸時代に改造されたのだろう。平安中期の仏像特有の肉感的な表現に蘇った」と話している。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110214/art11021420220001-n1.htm

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回顧【特別展】鎌倉時代の彫刻 東京国立博物館1975年 

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願成就院 阿弥陀如来像 運慶 1186年

 1975年10月7日から11月24日まで、東京国立博物館で表記の特別展があった。小生が鎌倉彫刻をもっとも系統的にみたはじめての展覧会であった。今回の金沢文庫の「運慶展」をみて思い出したので、以下にこの特別展で拝顔した仏像のリストを掲載する。
いま振りかえっても充実し大変な物量である。なお、このリストは全115点の展示物の一部であり、大報恩寺緒像、滋賀・福寿寺千手観音立像、岐阜横蔵寺大日如来坐像などの逸品もあった。さらに、時代的にも鎌倉初期から末期までレンジは広く、また院派、円派の同時代彫刻もみることができた。

【主要な展示仏】

興福寺旧西金堂 釈迦如来木造仏頭 1186年 ※参考1
        飛天・化仏 鎌倉時代
興福寺北円堂  世親菩薩立像 1208年
興福寺     金剛力士立像(吽形)鎌倉時代
興福寺     法相六祖坐像(うち伝玄賓、行賀2像) 
鎌倉時代
興福寺     板彫十二神将立像(2像) 鎌倉時代

東大寺     僧形八幡神坐像 鎌倉時代 ※参考2
東大寺俊乗堂  阿弥陀如来立像 鎌倉時代
東大寺公慶堂  地蔵菩薩立像 鎌倉時代
東大寺中性院  菩薩立像 鎌倉時代
東大寺指図院  釈迦如来坐像 鎌倉時代

高野山金剛峯寺 八大童子像
(うち制多迦、矜羯羅、清浄比丘3像)鎌倉時代

浄土寺     阿弥陀如来立像1体 鎌倉時代     

高山寺     善妙神立像 鎌倉時代
高山寺     白光神立像 鎌倉時代
高山寺     木造鹿1対 鎌倉時代
高山寺     犬 鎌倉時代   ※参考3

雪渓寺     毘沙門天立像 鎌倉時代
雪渓寺     吉祥天立像 鎌倉時代
雪渓寺     善膩師童子 鎌倉時代
雪渓寺     十二神将立像(10体のうち4像)鎌倉時代
     
願成就院    阿弥陀如来像 1186年
願成就院    不動明王および2童子像 1186年
願成就院    毘沙門天像  1186年
願成就院    地蔵菩薩坐像 鎌倉時代

浄楽寺      阿弥陀三尊像 1189年
浄楽寺     不動明王像  1189年
浄楽寺 毘沙門天像  1189年

覚園寺 地蔵菩薩立像 鎌倉時代 ※参考4
覚園寺 阿閦如来坐像 鎌倉時代


(参考1:上記以外の興福寺鎌倉時代の仏像)
興福寺 金剛力士立像(阿形) 鎌倉時代
興福寺 法相六祖坐像(4体) 鎌倉時代
興福寺 板彫十二神将立像 鎌倉時代
興福寺 天燈鬼、龍燈鬼立像 鎌倉時代
興福寺 千手観音立像 鎌倉時代
興福寺東金堂 維摩居士坐像 1196年
興福寺東金堂 文殊菩薩坐像 鎌倉時代
興福寺北円堂 弥勒菩薩坐像 1208年
興福寺北円堂 無著菩薩立像 1208年
興福寺南円堂 不空羂索観音坐像 鎌倉時代
興福寺南円堂 四天王立像 鎌倉時代

(参考2:上記以外の東大寺鎌倉時代の仏像)
東大寺俊乗堂 重源上人像 1206年 
東大寺 俊乗上人坐像 鎌倉時代  

(参考3:上記以外の各寺鎌倉時代の仏像)
高山寺 明恵上人坐像 鎌倉時代
雪渓寺 薬師三尊像 鎌倉時代
覚園寺 薬師三尊坐像 1422年(部分)
覚園寺 十二神将立像 鎌倉時代

(参考4:上記以外の鎌倉各寺院の仏像/一部本展で展示あり)
浄智寺 地蔵菩薩坐像 鎌倉時代
浄智寺 韋駄天立像 鎌倉時代

建長寺 千手観音菩薩坐像 鎌倉時代
建長寺 伽藍神坐像 鎌倉時代

円応寺 初江王坐像 1251年
円応寺 倶生神坐像 鎌倉時代
円応寺 鬼卒立像 鎌倉時代

寿福寺 地蔵菩薩立像 鎌倉時代
寿福寺 聖観音菩薩坐像 1570年

鶴岡八幡宮 弁才天坐像 1266年
九品寺 石造薬師如来坐像 1296年
伝宗庵 地蔵菩薩坐像 鎌倉時代
浄妙寺 阿弥陀如来立像 鎌倉時代
鎌倉国宝館 大日如来坐像 鎌倉時代

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参考文献リスト 4  鎌倉時代の彫刻

最近読んだ主として運慶関係本は以下のとおり。

<単行本、図版>
『運慶』瀧川駿 圭文館 (1962)
『覚園寺』井上章 中央公論美術出版 (1965)
『運慶論』岡本謙次郎 冬樹社 (1972)
『願成就院』久野健 中央公論美術出版 (1972/03)
『運慶と快慶』田辺三郎助 至文堂 (1972/11)
『特別展 鎌倉時代の彫刻』東京国立博物館 (1975)
『鎌倉と運慶』三山進 有隣堂 (1976)

『院政期の仏像―定朝から運慶へ』京都国立博物館 (編集) 岩波書店 (1992/7/21)
『運慶とバロックの巨匠たち―『仁王』像は運慶作にあらず』田中英道 弓立社 (1998/06)
『運慶の挑戦―中世の幕開けを演出した天才仏師』上横手雅敬, 松島健, 根立研介 文英堂 (1999/07)
『運慶―その人と芸術』副島弘道 吉川弘文館 (2000/08)
『運慶の謎』山野貞子 鳥影社 (2008/05)
『運慶にであう』山本勉 小学館 (2008/9/12)
『もっと知りたい興福寺の仏たち』金子啓明 東京美術 (2009/03)
『運慶―天下復タ彫刻ナシ』根立研介 ミネルヴァ書房 (2009/08)
『特別展 運慶 中世密教と鎌倉幕府』神奈川県立金沢文庫 (2011/01)

<雑誌>
『特集 仏師西村公朝が語る運慶の革命』芸術新潮
(1992年 02月号)
『特集 運慶 リアルを超えた天才仏師』芸術新潮
(2009年 01月号)
運慶 - 時空を超えるかたち (別冊太陽)』横内裕人, 佐々木あすか, 瀬谷貴之, 岩田茂樹, 藤岡穣, 山口隆介, (監修)山本勉 平凡社 (2010/11/15)
『特集 東国の運慶を巡る』トランヴェール (2011年 01号)

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【特別展】運慶 中世密教と鎌倉幕府 神奈川県立金沢文庫80年

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 2月11日(木)休日、この日に表記展覧会にいくことは前から決めていた。朝から首都圏は冷たい霙、その後、雪にかわる。そのお陰をもって会場はおもいのほか人は少なかった。
 しかし、こういう日だからこそ真剣に対峙している緊張感が小さな会場に満ちていた。連れだって来ている人々がかわす会話を聞くともなく耳にする。皆、本展示を楽しみにし、よく勉強しているなあと感心した。

 さて、本展のサブタイトルは「初めて出逢う 三体の大日如来/初作と最晩年作」である。また、奈良円成寺、愛知瀧山寺、栃木光得寺などの「遠路」出展に注目(個々の画像は下記「運慶ブーム」の2回のブログを参照)。

 まず、光得寺厨子入大日如来坐像を吟味する。品位あふれるご尊顔だ。近くの円成寺大日如来坐像と比較して、なるほどと思ったのは、当初、円成寺大日如来坐像(1176年)も、本像同様に大きな光背を背負い、繁茂し各葉、緻密に彫りだされた蓮華の台座とそれを支える見事に力感ある獅子の低足部をもっていたのではないかということである。
 そうであれば、円成寺大日如来坐像の下半身処理が平板であること、また、運慶が本像彫刻に1年近くをかけたことも合理的である。

 東博で7月20日から開催される「空海と密教美術展」のパンフレットがあった。これを見ると、東寺金剛菩薩坐像(839年)の写真と眼のまえの円成寺大日如来坐像とは似ているなあと驚かされる。同様に、東寺大威徳明王騎牛像(839年)は、運慶最後の現存作、称名寺光明院大威徳明王像(1216年)と実によく似ている。ここからは、運慶はじめ慶派が、東寺、高野山など先行する真言密教系尊像を研究しわがものとしていることがわかる。
 運慶のすごさとは、定朝の大量生産の技法をマスターし発展させたことに加え、南都復興にかけて天平時代の仏像をこの時代に甦らせたのみならず、平安初期の密教系造像にも習熟していたことである。つまり、これ以前の仏教彫刻を集大成させようと只管に精進したのではないかということである。

 ふたたび円成寺大日如来坐像について。3年前畏友O氏とともに円成寺に赴いての拝観以来だが、まずこうして至近距離で拝観できることがなによりの喜びである。保存のための処置というのは理解しているつもりだが、きれいではあっても、小さなお堂に監禁され、のぞき窓からみるようないまのお寺での拝観スタイルでは本像の魅力は十分に伝わらない。
 はじめは思いのほか小さく感じる。しかしじっと見ていると像が徐々に大きくなっていくような錯覚に陥る。それくらい本像の存在感が強いということだろう。家内と本像正面(しかし距離は結構ある)のソファーに腰をおとし眺める。下記にも書いたが金色剥落、黒い漆の素地の「まだらさ」が絶妙で、それが遠くでみると、900年におよぶ自然がなしたある種のモダンな色調調整のようにも思える。ご尊顔の抜群の素晴らしさ、像容のバランスの良さに、この色調の深い味わいが3つの魅力の総合となっていると感じる。

 運慶彫刻の訴求力とは、作品が言い知れぬ<パルス>を発信していると感じることである。仏さまが、無言ながらなにかの波動をみる者におくっている。だから通り過ぎることができない。立ち止まる。凝視する。言葉にできないもどかしさはあるが「なにか」を感じる。そして考える。会場でみていると(自分自身がその一人なのだが)、そうした波動に反応する人の動き方を感ぜずにはおかない。
 同時代の作例でも円派、院派の彫刻の多くは「美しいな」という軽い感想で行き過ぎてしまうようなところがある。有名な作品だからというのであえて観察をはじめると、かえって射出成型器からでてきたような定型感を感じてしまうこともある。運慶、快慶ではありえない。彼らの特有の<パルス>はときに荒々しくも剛毅であり、ときに心洗われるごとく清涼、爽快である。
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