大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝 4 仏画

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 今回、保存にすぐれ彩色の良くのこる国宝級の仏画がおおく展示されている。もっとも有名なのは法華堂根本曼荼羅図で、仏画としては奈良時代作で海外に残る唯一の逸品。これは舶載品(中国)か日本で製作されたものかどうかのながき論争も行なわれてきたもの(後者は有力説のようだ)。朱の衣の色彩が意外でもあり、目に眩しいほどに映える。

【以下は東博HPから引用】

法華堂根本曼荼羅図 奈良時代・8 世紀

 霊鷲山[りょうじゅせん]で釈迦が諸尊や衆生[しゅじょう]に囲まれ法華経を説く光景をあらわしており、日本のみならず東洋美術の歴史を語る上で重要な作品。背面にある久安4年(1148)の銘文により、かつて奈良・東大寺法華堂(三月堂)に伝わっていたことがしられ、「法華堂根本曼荼羅図」と称される。

 これも朱色が鮮烈な大きな馬頭観音菩薩像。武士、馬、牛などを守護する仏さまとして珍重されてきたようだ。この菩薩像は、その色彩のイメージもあり、(赤)不動尊や大威徳明王像へも通じるものがあるように思う。

【以下は東博HPから引用】

馬頭観音菩薩像 平安時代・12 世紀中頃

 馬頭観音は、六観音のうちの一つで、畜生道[ちくしょうどう]におちた衆生を救済する仏として信仰されてきた。院政期仏画にみられる壮麗で装飾性の高い表現が特色で、当時の貴族の嗜好を反映し金銀の截金[きりかね]を用いた細緻な彩色や装飾がなされている。

【馬頭観音菩薩像】
http://museum.guidenet.jp/spresent.php?id=341

 「普賢延命経」は台蜜で重視されることもあり、天台宗寺院でとくに大切にされるといわれる普賢延命菩薩像。その尊顔の神々しさは如意輪観音像(平安時代・12 世紀)とともに秀抜。

【以下は東博HPから引用】

普賢延命菩薩像 平安時代・12 世紀中頃

 普賢菩薩は、病を消し生命力を増すという菩薩。二臂[にひ]の普賢延命像は天台密教で用いられ、二臂像に四方をかためる四天王が付いているものは非常に珍しい。白い肉身の隈取[くまどり]など艶っぽいまでの生命力が夢見るような美しさの中に満ちている。

【普賢延命菩薩像】
http://www.mfa.org/collections/object/fugen-enmei-the-bodhisattva-of-universal-virtue-who-prolongs-life-24538

ほかにも大威徳明王像(鎌倉時代・13 世紀前半)や弥勒如来像(下記)など国宝、重要文化財級の仏画が目白押しである。

【弥勒如来像】
http://www.mfa.org/collections/object/miroku-the-buddha-of-the-future-112058

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特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝 3 菩薩立像

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 今回の展示では、仏画が中心で仏像はわずか4点だが、この菩薩立像の迫力もすばらしい。黒の色調で落ち着いた風情がある。おそらくご尊顔には相当な補修もあるかと想像するが、少し距離をおいて身体全体から受ける印象は唐招提寺の諸仏、トルソーを連想させる。本像は9世紀(平安時代)の作といわれ、像高は178㎝、檜の一木造り。

http://www.nagoya-boston.or.jp/upload/Nippon-Shihou.pdf

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特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝 2 快慶 弥勒菩薩立像

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   東博恒例の人気ランキングから(2012.4.29現在)。快慶弥勒菩薩立像[文治5(1189)年]は第4位と健闘している。
 今回のハイライトは儀軌類似の豊富で良質な仏画群(以下のランク4)、信じられないくらい見事な彩色あざやかな絵巻(2,3)、その後の深い味わいの水墨画(10山水図)、近代的な芽吹きに驚く近世絵画(5,6,7)などにあると思うが、とくに曽我蕭白の巨大な、そして天衣無縫な作風(1、8)には圧倒されるような迫力がある。

1 雲龍図 曽我蕭白筆 江戸時代・宝暦13年(1763) 65
2 吉備大臣入唐絵巻 平安時代・12世紀後半 43
3 平治物語絵巻 三条殿夜討巻 鎌倉時代・13世紀後半 39
4 弥勒菩薩立像 快慶作 鎌倉時代・文治5年(1189) 31
5 龍虎図屏風 長谷川等伯筆 江戸時代・慶長11年(1606) 28
6 鸚鵡図 伊藤若冲筆 江戸時代・18世紀後半 26
7 松島図屏風 尾形光琳筆 江戸時代・18世紀前半 19
8 虎渓三笑図屏風 江戸時代・18世紀後半 6
9 法華堂根本曼荼羅図 奈良時代・8世紀 4
10 山水図 祥啓 室町時代・15世紀末~16世紀初 3
10 四季花鳥図屏風 狩野永納筆 江戸時代・17世紀後半 3
10 唐織 紅地流水芦菊槌車模様 江戸時代・18世紀 3


http://www.tnm.jp/modules/r_poll/index.php?controller=dtl&po_id=13&poll_flg=0

 快慶弥勒菩薩立像[文治5(1189)年]は、初期の快慶現存作としてたいへん著名なもので、かつてなんどか「里帰り」の際におめにかかっている。運慶は初期の円成寺大日如来像[安元2(1176)年]で、すでにすぐれて運慶流であったが、快慶もまたこの小ぶりの逸品でほかが追随できない快慶流の静かな気品をそなえている。
 観賞する女性たちが、ながくこの仏さまの前に佇んでいる。年配の女性が同行の人に「運慶さんは恐いけれど、快慶さんはやはり優しいね」と言っているのが聞こえた。頷きたい気持ちがある一方で、優しさだけではない仏の凛然たる強さもこの像は発信している。安阿弥陀仏・快慶の快慶たる由縁だろう。
 本像は全体に肉置きが豊かで、特に横からの量感はふくよかさを超えるような表現ぶりである。また、その身体から受ける印象は天平彫刻の復刻のような感すらある。


http://blog.livedoor.jp/shokkou/archives/1850426.html

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特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝 1

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【以下はパンフレットからの引用】

 アメリカで最も古い美術館の一つに数えられるボストン美術館は、1870年に設立され、1876年の独立記念日に開館しました。開館時には5,600点であった収蔵作品は、ボストン市民による寄贈によって増え続け、現在では、古代から現代までの45万点以上のコレクションを誇ります。
 2010年には、5年もの歳月をかけて進められてきたボストン美術館の大改修プロジェクトが完成しました。この計画によって、新たにアメリカ館が建設されたほか、特別展や教育プログラムを行うスペースも拡充されました。140年の歴史を誇るボストン美術館は、常に進化し、魅力的な美術館へと生まれ変わり続けています。

◆フェノロサ
 フェノロサは明治11年(1878)明治政府のお雇い外国人として来日し、東京大学教授として政治学・哲学などの教鞭を執りました。来日後ほどなくして日本美術に開眼し、研究と収集を進める一方で、鑑画会という美術団体を主宰して新日本画復興運動を進め、東京美術学校(現東京藝術大学)の設立にも尽力します。
 明治23年(1890)に帰国後は、ボストン美術館日本美術部長の職に就き、アメリカで日本美術を広めることに熱心に取り組みました。フェノロサによる収集品は1,000点以上に及び、「平治物語絵巻」、尾形光琳「松島図屏風」などは第一級の名品です。

◆ビゲロー
 ボストンの医師であり資産家であったビゲローは、明治15年(1882)に来日し、フェノロサと共に日本美術の収集に情熱を傾けるとともに、鑑画会の画家たちの経済的支援も行いました。ビゲローは日本文化に心酔し、天台密教に改宗して月心という法号を得るほどでした。
 帰国後は長らくボストン美術館の理事を務めました。ビゲローによる収集品は約41,000点にのぼり、さまざまな画派の絵画や浮世絵から、彫刻、刀剣類、染織品と、実に広範囲にわたります。その中には曽我蕭白「雲龍図」を始めとする傑作が数多く含まれています。

◆岡倉天心
 東京大学でフェノロサに学んだ天心は、卒業後フェノロサとともに東京美術学校の設立に関わるほか、帝国博物館(現東京国立博物館)や日本美術院の創設にも携わりました。
 明治37年(1904)にはボストン美術館に迎えられ、後に中国・日本美術部長として「アジアはひとつ」のスローガンのもと、東洋の美術品の体系的な収集に力を注ぎました。またその間には『東洋の理想』や『茶の本』を英文で刊行しています。現在、ボストン美術館の敷地内には、天心の貢献を称えた日本庭園「天心園」があります。

http://www.boston-nippon.jp/boston/
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快慶作2仏像 重文へ 高野山の金剛峯寺所有

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木造執金剛神立像(左)と木造深沙大将立像=いずれも高野山霊宝館提供

 木造執金剛神立像については本ブログで既に紹介した。「快慶」ほどの大家だと重文もあっという間の「快速」指定。でも、より斬新、別の見識眼をはたらかせて、名もなき優品も是非、もっと発掘、早期の指定を!

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-266.html

【以下は引用】

 国の文化審議会(宮田亮平会長)は20日、高野山・金剛峯寺が所有する鎌倉時代の仏像「木造執金剛神立像(もくぞうしゅこんごうしんりゅうぞう)」と「木造深沙大将立像(もくぞうじんじゃたいしょうりゅうぞう)」を、重要文化財(重文)に指定するよう文部科学大臣に答申した。和歌山県教委によると、県内美術工芸品の国指定は7年ぶり。

 木造執金剛神立像は高さ約1・3メートル。昨年秋、仏像の首部分の内側に、鎌倉時代の仏師、快慶が使用した称号で「あん」と読む梵字(ぼんじ)と「阿弥陀(あみだ)仏」と書かれた墨書が見つかり、快慶の作品であることが判明した。

 木造深沙大将立像は高さ約1・3メートル。執金剛神立像と一対で造られ、同じく快慶の作品とみられる。いずれも国の重文に指定されている快慶作の「四天王立像」とともに高野山に安置されていた。

 これまで2像は写実的な表現など仏像の特徴から快慶一門の作品と見られていたが作者が分かっておらず、国の文化財指定は受けていなかった。古文書から2像を造らせたのが鎌倉初期の僧侶、重源であることも分かっており、作者や作品の背景が明確になったことで、文化財としての価値が高まった。

 今回の指定を入れると、県内の重文(美術工芸品)は305件となる。

■登録有形文化財へ 和歌山市の旧松井家別邸

 このほか文化審議会は、和歌山市堀止西の「旧松井家別邸」を登録有形文化財にするよう答申した。旧松井家別邸は現在、飲食店チェーン「がんこフードサービス」(大阪市)の日本料理店「がんこ六三園」として利用されている。

 旧松井家別邸は大正から昭和初期にかけて造営された屋敷で、敷地の南側に庭園、北側に建物がある。質の高い和風建築が特徴的な玄関棟や座敷棟で構成する母屋のほか、洋風建築を取り入れた給水塔、浴室棟などがある。和風を主体としながら洋風を取り入れる当時流行した近代邸宅の特徴が残されている。

 登録有形文化財は近代の文化建造物を幅広く保護する制度で、指定に比べて規制が緩い。歴史的景観への寄与、再現が容易でないことなどを登録の基準にしている。

(2012年04月21日更新)
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=230323

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神奈川の仏像、重文新指定

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木造十二神将立像の一部(横須賀市教育委員会提供)

【以下は引用】

鎌倉の仏像2体、横須賀の立像1組 国の重文に指定

2012年4月21日

文化庁の文化審議会は二十日、鎌倉市の明王院(十二所)所蔵の木造不動明王坐像(ざぞう)と、建長寺(山ノ内)所蔵の木造蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)坐像の仏像二体、横須賀市公郷町の曹源寺が所有する木造十二神将立像を国の重要文化財(重文)に指定するよう平野博文文科相に答申した。

◆不動明王坐像

 高さが八五・二センチ。鎌倉幕府四代将軍の藤原頼経が、一二三一年から三五年にかけて造った鎌倉五大堂に祭られた五大明王像の中尊に当たる。作者は当時の代表的な仏師の肥後定慶との説があり、十三世紀の鎌倉地方の彫刻を代表する作例として貴重と評価された。

 五大明王像のうち、不動明王を除く四体は江戸時代初期に火災で焼失。作り直されて不動明王と一括で市文化財に指定されている。毎月二十八日の縁日に公開されている。

◆蘭渓道隆坐像

 蘭渓道隆(大覚禅師)は、中国の高僧で北条時頼が建てた建長寺の開山。鎌倉時代に制作された坐像はその肖像で、高さは六二・一センチ。境内の西来庵開山堂に安置されている。

 深く変化に富んだ衣紋など造形は力強い。慶派仏師の作品とみられ、禅僧の肖像彫刻である頂相(ちんそう)彫刻の名品と評価される。現在は県指定重文。通常は非公開だが、二十八日から五月十三日まで東京国立博物館で展示される。

◆十二神将立像

 鎌倉時代の制作。市教委の担当者は「身構えや持ち物などは、後世の十二神将像の手本になった可能性があると評価された。横須賀の鎌倉時代を考える上で、価値の高いものが指定され、喜ばしい」と話している。

 立像は十二体そろっており、一一九〇~一一九九年に制作されたとみられる。作風から運慶に関わりの深い仏師の作と考えられている。寄せ木造りで、高さ六七・六~九一・二センチ。保存状態が良く、動きのある姿や個性的な表情など生き生きとした力強さがある。

 立像はいずれも一九九八年から調査のため東京国立博物館に預けられている。
   ◇
 今回の指定で鎌倉市内の国の重文は、国宝(十五件)を含めて計百八十一件。横須賀市の国指定文化財は十二件目になる。  (斎藤裕仁、中沢佳子)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20120421/CK2012042102000092.html


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仏の里美術館開館(静岡県函南町)!

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  早朝の東京。そぼ降る春雨のなか、かんなみ仏の里美術館のオープニングに行く。伊豆もあいにくの花冷え、しかも原生林でも知られる函南の山里にあって冷気は一段と身にひびくが、それを打ちかえすような熱意ある地元の方々や多くの参列者によって、開館の式典はときに粛々と緊張感をもって、ときに楽しく盛り上がったと思う。時間管理が行き届いた、そして爽やかな演出の会だった。
 海外の都市整備や地域開発に造詣がふかく本プロジェクトの推進役、森町長はじめ、町役場のスタッフの方々の周到な準備と献身的な努力あればこそであろう。


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 5日に内覧会があったとのことで、本プロジェクトの概要は一般に紹介されている。伊豆への旅、とくに外国のお客様向けには大変すぐれた観光資産の幕開けといえるだろう。以下は関連記事の引用。

仏の里美術館で内覧会 14日開館へ 函南(2012/4/ 6 08:32)

 函南町は5日、完成した同町桑原の「かんなみ仏の里美術館」で内覧会を開いた。国の重要文化財「阿弥陀三尊像」など、24体の仏像群を保管、展示する美術館で、14日にオープンする。鈴木勝彦館長は「学問的、歴史的にも貴重な仏像を多くの人に知ってもらいたい」とあいさつ。森延彦町長は「美術館と他の施設との観光ネットワーク化を図り、町全体の活性化につなげたい」と述べた。
 同美術館は町が地元桑原区から寄付を受けた仏像群を展示、保管しようと設計から3年掛けて建設した。解説パネルなどを設置する資料展示室と、仏像展示室などを備える。仏像展示室への入室のみ有料で、資料展示室や交流広場などは無料開放する。延べ床面積552平方メートル。総工費3億6900万円。初年度は1万3200人の来館者を見込む。
 観覧料は大人(高校生以上)300円。小中学生100円。開館時間は午前10時~午後4時半で火曜休館。14日のオープン初日は午前9時半から記念式典を開き、当日は無料で観覧できる。問い合わせは同町生涯学習課〈電055(979)1733〉へ。
http://www.at-s.com/news/detail/100113278.html

http://www.town.kannami.shizuoka.jp/ct/other000005300/h24_3_2-3-1.pdf

かんなみ仏の里美術館 4月14日オープン! 函南町桑原
2012年4月14日(土) オープン!

24体の仏像群を展示する美術館がオープン!

国の重要文化財「阿弥陀三尊像」など、24体の仏像群を保管、展示する「かんなみ仏の里美術館」が4月14日にオープンします。同館は、解説パネルなどを設置する資料展示室と、仏像展示室などを備えています。オープン初日は午前9時半から記念式典を開き、当日は無料で観覧できます。
http://www.at-s.com/event/detail/100113379.html

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  驚くべきことに、地元桑原区の方々は千年の永きにわたって、きょうわれわれが新施設で拝観した仏さまを守ってこられた。機能性、耐震性などにすぐれたこの新施設によって、さらに次の千年の保存に向けて礎ができたとすれば素直に喜びたい。
 仏さまについての感想は以下のブログに書いてきたのでここでは触れないが、一点、千年の歴史をもつ薬師如来坐像については、なによりも有難い信仰の対象であった。
 美術館への展示は是としつつ、深い慈しみをたたえたその卓越した存在感をより引き立たせるために、「光と仰角」のさらなる工夫などが必要かも知れないと感じた。阿弥陀三尊像ほか諸仏は、この光と仰角の妙によって格段に見ごたえあるものとなっているので余計に、四方をガラス・ケースに囲まれ、いささか窮屈さもあるお薬師さまに対してそう思う次第である。

<光と仰角>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-192.html

最後に、この新施設の創意工夫について。広場に面した建物のテラスは、大工道具の「さしがね」のように直角にせり出しているが、ここが簡易舞台になり、広場が客席になるという按配。雨のなか広場にはテントが張られたが、観客は正面と右側(上手)2方向の舞台を同時にみることができる。また、建物内部は、この場合、舞台のそでになり楽屋になる。見事な工夫である。
予算の制約もあってか、けっして豪華なつくりではないが、シンプルで機能性にすぐれて見やすい美術館である。建築家の栗生(くりゅう)明・千葉大教授の設計に拍手を送りたい。
http://service.city.mishima.shizuoka.jp/mportal/sunzu/info.asp?id=92

<参考>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-291.html

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-290.html


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京都・蟹満寺の国宝

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蟹満寺の国宝・釈迦如来坐像=2005年撮影

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鋳造実験について語る三船温尚教授
=高岡市二上町の富山大芸術文化学部

【以下は引用】
釈迦像 謎挑むシンポ
2012年04月12日

京都・蟹満寺の国宝 15日 富山大教授ら報告

 「今昔物語集」のカニの恩返し説話で知られる蟹満寺(かに・まん・じ)(京都府木津川市)の国宝・釈迦如来坐像(ざ・ぞう)に関して、制作時期などの謎に挑むシンポジウムが15日、同市で開かれる。鋳造実験など科学調査にあたった、富山大芸術文化学部教授らが参加し最新の研究報告をする。高岡大仏など日本の大型金銅仏のルーツにもかかわる内容で、活発な論議が交わされそうだ。

 「古代大型金銅仏調査記念シンポジウム 国宝蟹満寺釈迦如来坐像の再検討―体内調査から見えはじめたもの」(朝日新聞社など後援)で、当日は、奥健夫・文化庁主任調査官や富山大芸術文化学部の三船温尚(はる・ひさ)教授(鋳造技術史)らの報告や討論がある。

 蟹満寺の釈迦如来坐像は、薬師寺金堂(奈良市)の国宝薬師如来坐像とともに国内で2体が残るとされる奈良期以前の鋳造による大型金銅仏だ。長年、その制作時期などを巡る論争が続いている。

 本堂改築に伴う移設を機に近年、三船教授らが古代の仏像では初めて3次元レーザー計測や蛍光エックス線成分分析、炭素14による年代測定など最新の科学技法を導入して調査。今回のシンポジウムはその結果をもとに「制作時期などを巡る論争を発展させる」との位置づけになるという。

 蟹満寺の釈迦如来坐像が、奈良時代が始まる710年を境に白鳳、天平のいずれの時期の鋳造か。三船教授によると、炭素14年代測定では、一部資料の制作年代を695年以前とするデータが示された。

 これらの現地調査のほか三船教授は当時の鋳造技法を判定する実験も実施した。像の右膝を模した部分を、天平以降に多いとされる分割型の鋳型で鋳造。本物のエックス線写真と比べ、分割型で目立つはずの「鋳ばり」などが確認できるかどうかを調べた。

 明確な結論は出ていないが、今後、当時の技術レベルとの違いや、ヒ素など鋳込み成分の問題などを考慮した分析を進めてゆくという。三船教授は当日、「蟹満寺像の鋳造技術」と題して基調報告する。

 15日午前10時10分開会。入場無料。事前申し込みは不要。問い合わせは会場の山城総合文化センター(0774・86・5851、JR棚倉駅から徒歩3分)へ。
(八田伸拓)

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神護寺不動明王

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不動明王は平安中期作 神護寺「当時の最新技法」

【以下は引用】

 神護寺(京都市右京区)に伝わる不動明王像が、修理に伴う調査で平安時代中ごろの作と分かった。これまで制作年代が不明だった。長く寺に伝わってきたとみられ、専門家は「当時の最新の技法を用いた出来のよい仏像」と評価している。

 毎月、同寺が行っている護摩たきの際に公開している不動明王像(木造、高さ144センチ)で、背の部分が外れたり虫食いがあったため、山科区の仏師、長谷法寿さん(55)が1月から修理している。

 文化財指定はされておらず、年代も不明だった。修理の過程で像を調査した、仏像に詳しい伊東史朗和歌山県立博物館長によると、作風や用いられている技法から、11世紀初めの作とみられるという。

 神護寺には平安時代前期に空海作の不動明王像があったが、関東で平将門の乱(939年)が起こった際、将門討伐を祈とうするために下総(現在の千葉県)に運ばれ、身代わり不動尊で知られる成田山新勝寺に伝わった、とされている。今回、平安時代の作とわかった像が、成田山に移った不動明王像に代わってまつられた可能性もあるが、伊東館長は「制作時期が70~80年開いており、関係は不明」としている。

 修理は年内に終わる予定で、神護寺の谷内弘照貫主は「長年、寺に伝えられてきた貴重な仏像。修理を終えたら再び大切におまつりしたい」と話している。

http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20120410000078

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東大寺の国宝の宝冠、修理終了 

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【以下は引用】

 奈良市の東大寺ミュージアムは2日、国宝・不空羂索観音立像の宝冠(8世紀)の修理が終わり、3日からの展示を前に、報道陣に公開した。

 緻密な技術と意匠の華やかさから、奈良朝工芸の最高峰の一つとされる作品。約88センチの宝冠に高さ約24センチの仏像(化仏)を置き、仏像も含め金属部分は全て銀製で表面には金メッキを施している。

 2010年12月から財団法人美術院で修理を始め、全体にちりばめられた約1万数千個の水晶や翡翠などのほこりを拭き取ったほか、金属の接着部分を補強するなどした。

 来年1月には不空羂索の頭上に載せられ、法華堂に戻される。

中日新聞 2012年4月2日 20時11分

不空羂索観音菩薩立像4images

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