大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

立て膝 中国の白衣観音 「鎌倉の仏像展」

清雲寺(滝見観音)
清雲寺(滝見観音)中国渡来説あり

「立て膝」について以下の記事を読んだ。若干の感想を。

【以下は引用】
立て膝 中国の白衣観音 「鎌倉の仏像展」

奈良市の奈良国立博物館で開催中の特別展「武家のみやこ 鎌倉の仏像―迫真とエキゾチシズム」(読売新聞社など主催)に8日から、中国・南宋の時代に描かれた白衣びゃくえ観音像(神奈川・建長寺蔵)がお目見えする。水面に映る月を眺める「水月観音」がテーマだが、その姿は、公開中の水月観音菩薩遊戯坐ぼさつゆげざ像(神奈川・東慶寺蔵)とはちょっと異なる。(早川保夫)

 白衣観音像は、右膝を立てて右手を伸ばし、左手をついて岩の上に座る観音菩薩と、その右下に合掌して礼拝する善財童子ぜんざいどうじを描く。13世紀の作で、観音浄土の補陀落山ふだらくせんの情景を表したとされ、表装の銘文に基づいてこの名で呼ばれるが、デザインから、水月観音を描いたとみられる。

 一方の水月観音菩薩遊戯坐像。鎌倉時代の13世紀の作で、岩に腰掛け、くつろぐ点は同じだが、立て膝はつかず、右足はあぐらを組むように倒し、左足を踏み下げた「遊戯坐」と呼ばれる座り方をする。

水月観音菩薩半跏像
水月観音菩薩遊戯坐像

 同じ型式の仏像は、中国から禅宗とともにもたらされた白衣観音像のような画像や彫刻を基に、鎌倉~南北朝時代、鎌倉周辺で造られた。ただ、その中には立て膝の像は、ほとんどない。

 山口隆介研究員は「鎌倉では信仰の対象となる像が取る姿として、立て膝が、なじまなかったのだろう」と推測する。立て膝は現代でも一般的に行儀がよくないとされており、鎌倉では日本風にアレンジされたらしい

 白衣観音像は、ほかにも、長くとがった爪や複雑にうねる衣など、国内ではあまり見られない特徴がある。谷口耕生・保存修理指導室長は「中国では、普通の人との違いを表す要素として強調していたのかもしれない」と話している。

 特別展は6月1日まで。問い合わせは同博物館(050・5542・8600)。
2014年05月08日
http://www.yomiuri.co.jp/local/nara/news/20140507-OYTNT50264.html

別に上記の記事に目くじらを立てるつもりはないが、アンダーラインの部分には疑問符が付く。冒頭にかかげた清雲寺・滝見観音(東慶寺水月観音菩薩遊戯坐像の一つのモデルともいわれる)のほか、時代はさまざまなれど、以下はいずれも「立て膝」の作例。如意輪観音坐像では、古くから、そして鎌倉以降も「立て膝」は数多ある。「立て膝は現代でも一般的に行儀がよくないとされており、鎌倉では日本風にアレンジされたらしい」は筆が滑ったあまりにイージーな感想ではないかと思った次第。

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ちなみに小生の座右の書ですがこんな本もでています。表紙を飾るのは有名な来迎寺の如意輪観音。鎌倉時代の作、「立て膝」です。

鎌倉みほとけ紀行

さらに時代が下って、鎌倉の光明寺の如意輪観音さんも有名です。

http://komyoji-kamakura.or.jp/%E9%9C%8A%E5%A0%B4%E6%A1%88%E5%86%85/

関連して以下も参照
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-400.html
◆http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-401.html

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京都国立博物館  南山城の古寺巡礼

南山城 9


新緑の京都・京博では、いま以下の展覧会をやっている。地味ながら、なかなかに興味深い企画である。

【以下は引用】
古都奈良と京都の間、京都府南部の「南山城(みなみやましろ)」の地には、奈良時代から平安時代以来の伝統を守り伝える古い寺院が点在しています。

 ─ みかの原 わきてながるる泉河 いつ見きとてか 恋しかるらむ ─

 百人一首の中納言兼輔(かねすけ)の和歌に詠まれたように、上代には〈みかの原〉に恭仁京(くにきょう)が置かれ、木津川〈泉河(いづみがわ)〉が流れる風光明媚な南山城は古来、貴族たちの憧れの聖地でした。静かな山間に寺院を建て、この世に極楽浄土の夢を開花させようとしたのです。
本展では、この地域に伝来する優れた十一面観音像を含む仏像のほか、仏画や金工品、陶磁器、染織などの文化財や考古遺物を展示します。また京都国立博物館による文化財調査を通して明らかになった作品も公開し、南山城の歴史と風土、仏教文化を紹介します。
 ご出陳いただく主な寺院は、相楽郡笠置町の笠置寺(かさぎでら)、木津川市加茂町の海住山寺(かいじゅうせんじ)・浄瑠璃寺(じょうるりじ)・岩船寺(がんせんじ)・現光寺(げんこうじ)、木津川市山城町の蟹満寺(かにまんじ)・神童寺(じんどうじ)、京田辺市の観音寺(かんのんじ)・寿宝寺(じゅほうじ)・酬恩庵(しゅうおんあん)(一休寺(いっきゅうじ))、綴喜郡宇治田原町の禅定寺(ぜんじょうじ)ほかあわせて十数箇寺にのぼり、国宝2件、重要文化財26件を含む約140件を展覧いたします。

南山城 1

南山城 10


南山城 2

南山城 3

南山城 4

南山城 6

南山城 7

南山城 8

http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/140422/index.html

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『道教―その行動と思想』 (1971年) (日本人の行動と思想〈10〉 下出 積与 (著)

飛鳥大仏images

  日本では、道教の流れがよく生きているのは「修験道」ではないでしょうか。山岳信仰とも結びつき、山の民を支える共同規範でもあると思います。

  役 小角(えんのおづぬ)の世界だな。

  道教は大陸の民間信仰に起源があり、巫祝(ふしゅく )や陰陽五行説、識緯(しんい)説などの系譜があり、道家、神仙説などに展開していきます。こうした流れが、山岳信仰と結びつくと、日本独自の修験道となり、そのもっとも有名なリーダーこそが役小角、その人です。

◆神護寺薬師如来立像 再考
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-186.html

  「修験道」が古神道の一つである神奈備や磐座という山岳信仰と関係がある一方で、「陰陽道」や「風水」も道教との関係が深いですね。

  知ってるぞ。安倍晴明の活躍だ。京都の安倍晴明神社にはいまも若い女性がよく行くな。

  道教は、国教としての仏教に押されて、いわば山岳にその生息の場を求めていくような感じもあります。その一方で、識緯(しんい)説の「識」は正式には「纖」と表記し、これは「日食、月食、地震などの天変地異を予言したり、未来のことを記した、要するに予言書のこと」(books.google.co.jp/books?isbn=4881465066)とも言われます。つまり今風にいえば天文学と地理学でしょうか。それは、「陰陽道」として純化され、皇族や平安貴族の日常を支配します。そのテクノクラートとして陰陽師が重用されますが、安倍晴明はその代表選手です。

◆7人の異界人列伝(役小角~帝都物語まで)
http://www.amazon.co.jp/%EF%BC%97%E4%BA%BA%E3%81%AE%E7%95%B0%E7%95%8C%E4%BA%BA%E5%88%97%E4%BC%9D%EF%BC%88%E5%BD%B9%E5%B0%8F%E8%A7%92%E3%80%9C%E5%B8%9D%E9%83%BD%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%81%BE%E3%81%A7%EF%BC%89/lm/R30H44NH4UG434

  ところで、道教と道家は本来は別のものですよね。道家といえば老荘思想でしょう。

  孔子、孟子をあわせて孔孟思想、老子、荘子をあわせて老荘思想。前者は儒教と結びつき支配者の原理となり、後者は道教に取り入れられて民衆に歓迎される。しかし、それゆえにときに低く見られて軽んじられ、ときに支配者から弾圧の対象にもなった。そんな感じじゃないか。

  下出積与先生は、道教を4部門にわけて、哲学的部門、倫理的部門、医術的部門、方術的部門としておられます。老荘思想は、このうち哲学的部門、倫理的部門のバックボーンになったり、また学派によっては差別化の対象になったりしているようです。
 道教が、医術的部門、方術的部門を有し、実はこれが民間信仰の強い支持をえていたことが重要ではないかと思います。方術的部門とは吉凶の予言、星占いやまじない、いろいろな禁忌などをいうとのことですが、ここが陰陽五行説を応用して「風水」の根幹になっていくということでしょうか。

  「風水」を道教のなかでのみ見ていくことでよいのかなあ。国都づくりこそ「風水」のひとつの本質で、日本でも平城京や平安京、江戸幕府開府にあたっての江戸の町づくりなどをみると、仏教的な要素も巧みに取り入れており、いわば当時の都市計画、土木、建築の基礎理論と言ってもいい部分もありますね。

◆大遣唐使展 7 <風水思想と平城京>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-164.html

  首都をつくるということは、時の権力の象徴であり、もっとも主要な国事だから、あらゆる知識が投入されたということだろう。道教が淵源のもの(四神相応)もあり、仏教的にみた鎮護国家論もあり、官僚統治のために儒教も当然、さまざまに応用されている。

  道教にも複雑な体系があり、常世神、常世国、神仙論などは神秘主義的です。その一方、医術の部分は実利的で、医、針、按摩、薬の調合(漢方)など多様な展開もあります。さらに、庚申信仰なども道教との関係が深い良く知られた行事です。庚申堂、庚申塔、庚申塚はいったいどれくらい日本にあるのかしら、また、そこで営まれる庚申講、庚申待ちといった行事や組織はいまも形をかえてはいるものの引き継がれているのではないでしょうか。

  そういえば房中術、仙女伝説なんかも道教系じゃないかな。なんといっても不老不死こそ究極の憧れだからなあ。

  仏像を考えるうえでも、道教の知識は必須ですね。習合思想(神仏習合論)についても是非、そのうち議論しましょう。


(参考)空海論
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-261.html

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-63.html

https://twitter.com/Cmla_12/status/389770534398865409/photo/1

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B8%E8%96%AC%E5%AF%AE

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日本人の行動と思想 評論社 シリーズ

飛鳥大仏images

このシリーズでは、以下の5冊が手元にある。

◆道教―その行動と思想 (1971年) (日本人の行動と思想〈10〉) 下出 積与 (著)
◆弥勒信仰―もう一つの浄土信仰 (1971年) (日本人の行動と思想〈12〉) 速水 侑 (著)
◆太子信仰―その発生と発展 (1972年) (日本人の行動と思想〈13〉林 幹弥 (著)
◆日本古代の仏教と民衆 (1973年) (日本人の行動と思想〈22〉) 中井 真孝 (著)
◆山伏―その行動と組織 (1973年) (日本人の行動と思想〈29〉)宮家 準 (著)

どれも力作で参考になる。根底に一貫しているのは「民衆の視点」である。

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たつの・龍隆寺

龍隆寺
運び出しを前に本像の薬師如来座像に見入る住民
=たつの市揖保川町金剛山

関西各地の隠れたる集積は奥深い。龍野は小生の好きな町だが、こんなこともあるのだなあと驚く。

【以下は引用】
本堂老朽化で仏像40体運び出し たつの・龍隆寺
2014/4/22 05:30

兵庫県たつの市揖保川町金剛山の龍隆寺で、本堂の老朽化が著しいため、仏像を市内の別の寺院で一時保管することになり、21日、住民らが本像など約40体を運び出した。

 同寺は白鳳時代(7世紀末~8世紀初)の廃寺跡とされ、境内に塔の礎石が残る。中世の一時期に近くの山に移ったが、江戸初期に名僧盤珪国師によって再興されたと伝わる。近年は住職不在の状態が続いていた。

 この日、閉眼供養に続き、住民や市教育委員会職員が仏像を一体ずつ写真や記録を取りながら作業を進めた。

 本像の薬師如来座像は高さ98センチ、幅80センチ、奥行き61センチで制作年代は不明。左手に載せた薬つぼは本像より古く、つぼの底面にかたどられた指の形に合わせて手が作られた可能性もあるという。

 薬師如来を守る十二神将が全部そろって確認され、日光菩薩、月光菩薩なども次々と運び出された。同寺筆頭総代の岸野文信さん(66)は「立派な仏像が長く受け継がれてきたことに驚いた。いずれみなさんのお力で再興できたら」と話した。(松本茂祥)

http://www.kobe-np.co.jp/news/seiban/201404/0006882097.shtml

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日本文化財保存修復国際センター

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毘沙門天立像 フランス・バリの国立ギメ東洋美術館
漆の剥落が激しい鎌倉時代毘沙門天立像。
「触れるともっと剥落しそう」と修復で
きないままという=フランス・バリの国
立ギメ東洋美術館(京都府提供)

「日本文化財保存修復国際センター」、文化国家を目指す、意味のある有効な取り組みであると思う。関係者の皆さん、是非、頑張ってください。

【以下は引用】
日本画もペンキで修復、仏像はボロボロ…海外の日本美術の修復拠点を京都に 日本文化財保存修復国際センター設置構想進む 
2014.5.1 08:04 [westセレクト]

文化財を継承させようと府は国内外の文化財の修復を担う「日本文化財保存修復国際センター」の設置を検討している。明治時代の廃仏毀釈などにより、多数の美術工芸品が海外に渡ったが、十分修復されないまま放置されている事例が少なくないという。府は5月中に構想を固める方針で、人材交流などを通して修復技術を国内外に広めたいとしている。

 センター設置構想のきっかけは、府関係者が、海外の美術館で顔料で描かれた日本画が、ペンキで修復されているという話を聞いたことだった。

 海外での日本美術工芸品の修復ニーズを探ろうと、府は平成25年11月、実業家、エミール・ギメが19世紀後半に収集した日本の美術工芸品約1万1千点を収蔵しているフランスの国立ギメ東洋美術館に専門家を派遣。

 世界的に著名な同美術館でさえ、足下の木材の継ぎ目が緩んだ仏像には、スポンジをあてて応急処置をしていたほか、触れると漆が剥落しそうな仏像も、なすすべもなく放置されていたという。

 美術館のスタッフは、府側の専門家に仏像の修復方法について熱心に質問し、「日本の技術や原材料を必要としている。ぜひ日本の専門家のもとで学びたい」と話したという。

府によると、同様の日本コレクションは、大英博物館(イギリス)で約3万点、メトロポリタン美術館(アメリカ)で約1万6千点、ボストン美術館(同)で10万点超所蔵しているという。

 しかし、解体修理を行った仏像などはほぼ皆無とみられ、府産業労働総務課の是洞孝幸副課長は「国立ギメ東洋美術館では、どう補修すればいいか、技術もないし、情報も圧倒的に不足しているという印象を受けた。ほかの国でも同様の悩みを抱えているのでは。修復技術を海外に発信できる人材の需要は高いと考えている」と話す。

 府は、日本文化財保存修復国際センターの設置場所として、国から無償譲渡を受けた私のしごと館(精華町、木津川市)を候補の一つとしており、25年7月から専門家などを集めた協議会を開催。3月に協議会がまとめた構想案の概要では、行政や文化財修復にかかわる団体などでネットワークを構築し、人材育成や修復技術の研究、基金の創設、講習会の充実などに取り組むとしている。これらをもとに、府は5月中には構想をまとめる方針だ。

(栗井裕美子)

http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140501/wlf14050108040001-n2.htm

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