大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

インドの仏像

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 「インドの仏 東京国立博物館」 http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-433.html が開催される(2015年3月17日(火) ~ 2015年5月17日(日))。いまから大いに楽しみである。

<仏教の起源と仏像>

 仏教の起源は紀元前5~6世紀頃のインドである。そこに生まれた一人の求道者が悟りに達して、それを人々に説いたことから一大世界宗教が誕生する。その求道者の名前は、カピラヴァストゥ国王家の嫡男、シッダールタである。

 彼はブッダと呼ばれ、死後、5名の弟子がその教えを広く伝播した。ブッダの教えを説く仏教徒は、はじめ偶像崇拝を行わなかったが、時代を経るにつれ、ブッダの遺骨(舎利)を納めた仏塔(ストゥーパ)が礼拝の対象となるようになった。
 しかし、ブッダを人間の姿として表現することは禁じられていたので、初期においては、足跡や傘、車輪といった関連する象徴物が信仰の対象とされたと言う。

 半世紀以上をへた紀元後1世紀になって、おそらく布教の必要性と信者からの要望によって、ブッダを人間の姿で表わすようになり、ここに仏像が世に現れる。よって、仏像にはほぼ2千年の歴史がある。日本に伝播されたのは、仏像が生まれて、さらに約5世紀後になるが、その時代から、長きにわたって連続した集積があることはなんとも奇跡的であり、日本は仏像を中心とする仏教美術において世界の宝庫となる。


1ガンダーラmiho

<仏像の源流と特色>

 1世紀ごろ初めて仏像が造られたのは、現在のパキスタン北西部にあった古代の地域ガンダーラとインドのマトゥラーである。ギリシャ彫刻を思わせるガンダーラ仏は、顔立ちも姿も日本の仏像とは大きく異なるが、思索的雰囲気などには「源流」の名にふさわしい神々しさも湛える。


ガンダーラmiho2

<ガンダーラ>

 ガンダーラの名前は日本でも広く知られている。シルクロードの中心、東西文化の結節点に位置するこの地域で、ギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様々な美術様式を取り入れた仏教美術が発祥した。その開始時期はパルティア治世の紀元前50年~紀元75年とされ、クシャーナ朝治世の1世紀~5世紀にその隆盛を極めたと言われる。

 インドで生まれた仏教は、上記のとおり、初期には、ブッダの姿を偶像として崇拝することを否定していたが、この地でギリシャ文明と出会い、ギリシャ彫刻の影響を受けた仏像が生まれるのである。

 ガンダーラは、ブッダの像(仏像、釈迦如来)をはじめて制作しただけでなく、弥勒菩薩、観音菩薩、執金剛、鬼子母神らの始原もガンダーラであるとされる。日本でも多くの類作がある兜跋毘沙門天像という頭に鳳凰のついた冠をかぶった像は、ギリシャ神話のヘルメス(ローマのメルクリウス)であるという説があるようだ。しかし、5世紀にはこの地に匈奴が侵入し、その繁栄は終わりを告げることになる。ガンダーラ仏像の特徴としては、黒色の片岩を用いてギリシャ神像のような繊細かつ流麗さが伴う彫刻であることが指摘されている。

<インド文明への畏敬>

 仏教も、仏像もインド(およびその周辺)が出生地であるということ。恐るべし、インドの文明度と世界的影響力である。
そして、舎利を納めた仏塔は、ストゥーパから派生し、われわれが日々に仰ぎ見る五重塔となる。また、寺の金堂や本堂は本来、仏像などを雨露から守るものである。その仏像、堂宇、周辺環境を含め、日本の世界遺産の多くが仏教芸術であることには感慨深いものがある。


(関連資料、一部引用)
http://todaibussei.or.jp/asahi_buddhism/10.html
http://todaibussei.or.jp/asahi_buddhism/10.html
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インドの仏 東京国立博物館

インドの仏1
菩提樹 (カナカムニ仏) の礼拝
バールフット出土
シュンガ朝(紀元前2世紀頃)

特別展「コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏 仏教美術の源流」
表慶館   2015年3月17日(火) ~ 2015年5月17日(日)


インドの仏2
仏伝「出家踰城(しゅっけゆじょう)」
ロリアン・タンガイ出土
クシャーン朝(2世紀頃)

【以下は東博HPからの引用】
インド東部の大都市コルカタ(旧カルカッタ)には、1814年に創立したインド博物館があります。アジア最古の総合博物館であるばかりでなく、古代インド美術のコレクションは世界的にも有名です。このたび、同博物館の仏教美術の優品を紹介する展覧会を開催いたします。古代初期を代表するバールフット遺跡の出土品、仏像誕生の地であるガンダーラやマトゥラーの美術など、インド仏教美術のあけぼのから1000年を超える繁栄の様子をたどります。
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1701#top

インドの仏3
仏坐像 (ぶつざぞう)
アヒチャトラー出土
クシャーン朝(1世紀頃)

【以下は関連記事を添付】

◆仏像の道-インドから日本へ 1
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-133.html

インドの仏4
弥勒菩薩坐像 (みろくぼさつざぞう)
ロリアン・タンガイ出土
クシャーン朝(2世紀頃)

◆仏像の道-インドから日本へ 2 ガンダーラ
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-135.html

インドの仏5
奉献塔(ほうけんとう)
アシュラフブール出土
パーラ朝(8世紀頃)

◆仏像の道-インドから日本へ 3 マトゥラー
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-136.html

インドの仏6
カサルパナ観音立像
チョウラパーラ出土
パーラ朝(11~12世紀頃)

◆仏像の道-インドから日本へ 4 中国への伝播
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-137.html

インドの仏7
八千頌般若波羅蜜多経 (はっせんじゅはんにゃはらみたきょう)
バレンドラ・ブーミ派
パーラ朝(12世紀頃)

◆仏像の道-インドから日本へ 5 朝鮮
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-139.html

インド博物館蔵 遊戯坐

◆東博 仏像大好きコース
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-359.html

MIHO美術館 ガンダーラ仏
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-361.html

風土と仏像

興福寺photo01

 和辻哲郎は、『古寺巡礼』とともに、その後 『風土』を書いた。両著を読むとこれは「対」の思想体系といってもよいかも知れないとも思う。風土と仏像、そこには渾然とした一体感があるようにも感じる。

◆古寺巡礼
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-1.html

◆風土ー自然資本
http://www.dbj.jp/ricf/pdf/information/column/RICF_Column_20140602.pdf

法隆寺夕暮れ

  「みちのくの仏像」(下記)を見て、その感を強くした。都には都の、東北には東北の風土(土地の人々)があり、それぞれの感性を基底に、その土地におあす仏像を必死で守ってきた。国によっても、一国において各地域においても、仏像には、その風土が歴史とともに体化している。

◆特別展「みちのくの仏像」 感想
http://blog.livedoor.jp/shokkou/archives/2083682.html

桑原薬師堂2
 
初日の出5

 例えば、かんなみ仏の里美術館の委員を拝命し、ここには定期的にお邪魔しているが、この鷹揚とした平安時代の薬師さまは、(太宰の言葉を真似て)雄大な富士山がよく似合う。ここでも、里の住民が守ってきた仏さまは、富士の清清しさをまとい、よく風土と同化している。

◆かんなみ仏の里美術館
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-313.html

高野山

 さて、今年は高野山開創1200年。霊地であり仏さまが鎮座する特異な結界でもある。是非、その風土と仏像の関係を考えてみたいと思っている。

◆高野山開創1200年
http://www.koyasan.or.jp/kaiso/ 【“風土と仏像”の続きを読む】

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