大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

インド哲学

ヴェーダ

『インド思想史』 早島鏡正, 高崎直道, 前田専学他 1982年 東京大学出版会 を読んでいる。
http://www.utp.or.jp/bd/4-13-012015-8.html

本書は、「哲学と宗教とがあい伴ったインド思想を概説する.『リグ・ヴェーダ』に始まり,仏教とジャイナ教がおこり,ヒンドゥー教を生んで後,中世にイスラーム教の浸透を受けて近―現代へ.主要な選文を引きながら,この重層した流れを紹介.参考文献,年表,地図.」(上記引用)といった内容。非常によくまとまっており座右の参考書として好適。

しかし、インド哲学の燎原は遠く広い。まず、ウィキペディアから「ヴェーダ」についての引用。


「ヴェーダ(梵: वेद 、Veda)とは、紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけてインドで編纂された一連の宗教文書の総称。「ヴェーダ」とは、元々「知識」の意である。
バラモン教の聖典で、バラモン教を起源として後世成立したいわゆるヴェーダの宗教群にも多大な影響を与えている。長い時間をかけて口述や議論を受けて来たものが後世になって書き留められ、記録されたものである。…

広義でのヴェーダは、分野として以下の4部に分類される。

●サンヒター(本集):中心的な部分で、マントラ(讃歌、歌詞、祭詞、呪詞)により構成される。
●ブラーフマナ(祭儀書、梵書):紀元前800年頃を中心に成立。散文形式で書かれている。祭式の手順や神学的意味を説明。
●アーラニヤカ(森林書):人里離れた森林で語られる秘技。祭式の説明と哲学的な説明。内容としてブラーフマナとウパニシャッドの中間的な位置。最新層は最古のウパニシャッドの散文につながる。
●ウパニシャッド(奥義書):哲学的な部分。インド哲学の源流でもある。紀元前500年頃を中心に成立。1つのヴェーダに複数のウパニシャッドが含まれ、それぞれに名前が付いている。他にヴェーダに含まれていないウパニシャッドも存在する。ヴェーダーンタとも呼ばれるが、これは「ヴェーダの最後」の意味。・・・」


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%80

釈迦が紀元前600年頃から紀元前500年頃の人とすれば、それ以前の長い歴史をヴェーダ哲学はもっている。むしろ、考え方次第では、ヴェーダ哲学の沃野から仏教という良質な生産物が生まれたと言えるかもしれない。
後世の密教をみると、この源流のもつ意味を少しは理解できる。まず、サンヒター(本集)のマントラについては以下に記した。


◆空海と密教美術展 空海について考える6 <真言>+<陀羅尼>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-256.html

次にブラーフマナ(祭儀書、梵書)については、密教の体系性と秘儀に関して、同じく以下に記した。

◆空海と密教美術展 空海について考える2 十住心論の体系
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-252.html

3番目のアーラニヤカ(森林書)は、ヒンドゥー教では大きな意味がある。青年期まで学び、壮年期まで働き、老年期には森に入って瞑想するという人生の階梯論が底流にあり、森の隠者には深い学識と経験となにより悟りにいたる達観がある、といった見方である。

ウパニシャッド(奥義書)は核心的な部分である。ふたたび、ウィキペディアからの引用。

「ウパニシャッドの中心は、ブラフマン(宇宙我)とアートマン(個人我)の本質的一致(梵我一如)の思想である。ただし、宇宙我は個人我の総和ではなく、自ら常恒不変に厳存しつつ、しかも無数の個人我として現れるものと考えられたとされる」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%91%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%89

インドから日本へ 玉虫厨子

玉虫厨子2
玉虫厨子 捨身飼虎図
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E8%99%AB%E5%8E%A8%E5%AD%90

はじめて、玉虫厨子を見たときに、その歴史的、文化的な意義については、解説の文章を読んでもいまひとつ得心できなかった。しかし、インド関係の書物に多少とも親しむと、この玉虫厨子の価値がいかに大きいかに思いがいたる。

仏像がいまだない時代(ざっと2000年前くらい)だが、釈迦の偉大さをどう表現すべきかに当時のインドの人々は悩んだ。なぜならば、釈迦は実在の人物でその生涯の足跡は限られているからだ。しかし、本生譚と呼ばれる前世の物語は、自由に描くことができる。ファンタジーであれば、いかようにも羽ばたける。

『ジャータカ』(skt及びPl:Jātaka、漢訳音写:闍陀迦、闍多伽など)は、その意味で必要であった。このいわば厖大な「ファンタジー集」は、インドにおいてすでに大部の蓄積があった。そこから、捨身飼虎(しゃしんしこ)や施身聞偈(せしんもんげ)といった庶民を感激させるストーリーが選択される。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%AB

玉虫厨子の前で、仏像彫刻や建築目当てできた観察者の戸惑いは、なぜ虎に食われる王子は、こんな格好をしているのかという点ではないか。インドの古い説話→仏教への応用→釈迦の偉大さをファンタジー(前世)で補完すること→諸国への伝播(ストーリーの斬新さゆえ)→中国での翻案(画像化)→日本への伝播、そして玉虫厨子への結実。インドの王子がここに描かれ、インドの卓抜な物語がここに息づいているのである。インド人の想像力と伝播力、凄い。

(参考)
http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/SK/0018/SK00180R087.pdf

◆田中豊蔵と上野直昭
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-188.html

◆聖徳太子本7:聖徳太子と玉虫厨子―現代に問う飛鳥仏教 石田 尚豊 (著)
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-77.html

玉虫厨子
玉虫厨子 全体像

インドの深さ、凄さ

法隆寺金堂壁画
法隆寺金堂壁画

仏教というカテゴリーにおいて、インドは深く凄いところである。偉人伝とその彫刻の魅力を以下、各5題。

◆阿育王
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-455.html

◆カニシカ王
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-454.html

◆龍樹菩薩
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-453.html

◆無著と世親
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-452.html

◆鳩摩羅什
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-451.html

◇インドの仏像
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-434.html

◇インドの仏 東京国立博物館
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-433.html

◇MIHO美術館 ガンダーラ仏
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-361.html

◇インド彫刻 ギャラリー
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-275.html

◇シルクロード ギャラリー
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-169.html

法隆寺金堂壁画2
法隆寺金堂壁画

阿育王

阿育王

『阿育王』(小説仏教シリーズ11)上田 圭子 第三文明社 1975年
http://blogs.yahoo.co.jp/kojinnbook999/17373456.html

仏教が世界宗教として成立するためには、布教に向けての強大な権力者の存在があった。歴史は、そのはじめの王として、阿育王(アショーカ:梵: अशोकः 、IAST:Aśokaḥ、巴: Asoka、訳:無憂〈むう〉、在位:紀元前268年頃 - 紀元前232年頃)をあげる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%AB%E7%8E%8B

本書は、阿育王が非情なる修羅の世界をへて、仏教に信心し、彼の築いた大帝国にそれを広めていく過程を丁寧に描いている。激情型の暴君で、側近、臣下を皆殺しにし、多くの犠牲をしいる侵略戦争ののち、改心して仏教(ほかの宗教も含めて)に帰依していく。
不戦を掲げ法治国家を目指す施策を展開するが、その根源に仏教的な慈悲の精神をおく、といった要約となろうか。アレキサンダー大王ばりの電光石火の侵略を行なう絶対君主としての前半生、版図確定後の哲人政治を敷く後半生は暗から明への場面転換の如くである。

おそらく、多くの資料を渉猟しなんらかの出典に添って伝記を書きすすめているがゆえに、やや辻褄のあわない部分や、なによりも突然、極悪人が聖人のように変貌するあたりに不自然さも感じるが、全体としては、生真面目な筆致で阿育王の業績を丹念にトレースしているように思え、好感をもって読了。

FC2Ad