大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

龍谷ミュージアム 行ってみたい美術館・博物館

龍谷大学 ストゥッコ仏頭

昨年はインドについての本をよく手にとった。関心は格段に増した。それもあって、今年行きたいなあと思うのが下記である。
◇インドの深さ、凄さ http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-456.html

【以下は引用】
龍谷ミュージアム 

20世紀初頭にシルクロードで大きな成果をあげた大谷探検隊のコレクションをはじめ、多くの文化財を保有する龍谷大学。身近にありながら難しく思われがちな仏教の世界を分かりやすく伝える「龍谷ミュージアム」が、世界遺産・西本願寺の正面に開館しました。

http://www.museum.or.jp/modules/im/index.php?content_id=395

龍谷ミュージアムは、社会に開かれた大学の実現に向け、龍谷大学の創立370周年事業の一環として2011(平成23)年4月5日に開館した仏教総合博物館です。 仏教を中心とした貴重な歴史的文化財や学術資料を収集・整理・保存するとともに、継続的な調査・ 研究を行い、その成果を広く社会に向けて展示・公開することを目的とします。当ミュージアムでは、年2回の特別展示を行うほか、平常展において、仏教の誕生からアジアへの広がり、日本の仏教の展開までを分かりやすく展示しています。

また、生涯学習や地域住民の交流の場として活用していただき、地域活性化の一翼を担う施設として地域と共に発展することを目指しています。

http://univ-museum-kyoto.com/museum/museum-ryukoku/

対馬の盗難仏像 その後

海神神社の国指定重要文化財「銅造如来立像」
海神神社の国指定重要文化財「銅造如来立像」

少し古い記事だが、記録のために。その後、盗難時のことか指先の破損も伝えられている。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20150722/frn1507221900006-n1.htm

【以下は引用】
韓国、3年ぶりに盗難仏像返還 対日関係修復狙う? 残る一体 “人質”でもなかろうに…
 2015.7.17 産経新聞

【ソウル=名村隆寛】長崎県対馬市の海神神社から2012年10月に盗まれ、韓国に持ち込まれた国の指定重要文化財の仏像「銅造如来立像」が17日、日本側に返還、まもなく対馬に戻る予定だ。仏像は、日本側の返還要求にもかかわらず、約3年間拝まれることもなく韓国に留め置かれた。しかし、韓国には他にも同時期に対馬から盗まれた仏像が返還されずにいる。日韓の懸案のひとつである仏像返還問題がこれで完全に解決したわけではない。

 仏像の返還は、15日の韓国最高検の決定によるもの。韓国では「仏像は本来、朝鮮半島から日本が持ち去ったものだ」との主張があったが、最高検は(1)鑑定により仏像が日本に渡った経路が確認できない(2)韓国国内で所有権を主張する寺などがない-ことを返還理由にあげた。

 最高検では「(決定翌日の)16日にも引き渡しは可能だ」とした。3年近く日韓の懸案としてくすぶり続けた問題の結末としては実にあっけなかった。

 現地からの情報によれば、仏像が保管されていた韓国中部・大田市の文化財研究所で17日、韓国側と日本の関係者の間で引き渡しが行われたという。日本政府は仏像が日本に到着後、返還の事実を明らかにするとみられる。

この仏像は統一新羅時代のもので、盗難後、釜山港を経て韓国に持ち込まれた。当初は一部で「文化財の奪還」の象徴とされたが、韓国国内では「盗みは盗みだ」として、日本への返還を促す意見もあった。この3年の間にすでに窃盗の実行犯ら6人の有罪が確定している。

 韓国では返還について、表立った異論は出ていない。ただ、菅義偉官房長官が15日に「盗難にあったものを返還するのは当然のことだ」と語った言葉のうち「当然」という部分が強調され報じられたほかは、反応は極めて静かだ。

 韓国メディアでは「(仏像の日本への)搬出の経路は明らかでない。壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時期に略奪された可能性があるが、正常な交流のうちに(日本に)渡った可能性もある」(朝鮮日報)と「日本が奪った」との当初の主張はあいまいにされている。“バツの悪さ”かどうかは分からない。とにかく、何事もなかったかのように、驚くほど速やかに返還の作業は行われたようだ。

 仏像は韓国当局が確保したあと、韓国文化財研究所の倉庫で、長らく文化財として「接近禁止」と記した札が貼られ、保管されていた。日本政府関係者によると、仏像はあくまでも宗教上の信仰の対象であり、「日本への返還後は丁重に扱われ、海神神社に戻される見通し」だという。

仏像返還を決めた韓国当局の判断については、そのタイミングから韓国が注視する安倍晋三首相の戦後70年談話を前にした措置など、対日関係修復への狙いが取り沙汰されている。さらには、日本側の要求に応じた仏像返還によって外交的に対日優位の立場を確保できる-などの憶測もある。

 ただ、菅官房長官が「強力に返還要求する」と言明したように、もう一体の仏像である長崎県の指定有形文化財「観世音菩薩坐像」の返還問題は依然として解決していない。

 こちらの仏像は「本来の所有者」と主張している韓国の寺の請求により、返還差し止めの仮処分が出されており、返還するかどうかについて最高検は「現時点では決定しない方針」としている。

 海神神社の仏像は、近く海を渡り、もともとあった神社に約3年ぶりに戻されるが、もう一体の仏像は“人質”でもなかろうに、現在も韓国国内に取り残されている。韓国がこだわる「歴史認識」の問題に翻弄されるのか。あるいは、外交の駆け引きに使われるのか。残された仏像が対馬に戻り、元のように“鎮座”する日がいつになるかは分からない。
http://www.sankei.com/world/news/150717/wor1507170039-n1.html

鎌倉の大仏 傷み具合の調査が進む

鎌倉大仏2

鎌倉の大仏については以前にも書いたと思うが、鋳造時期が特定されていないこと、また、当初は堂宇の内にあったが、地震倒壊ないし津波で流出してしまったことが知られている。国宝であり多くの海外からの賓客も拝顔する貴重な文化財である。本来、大仏殿をつくりそこに保存することが必要であると思っている。今回の調査が、そうした動きにつながっていけば良いのにと考える。

【以下は引用】
鎌倉の大仏 傷み具合の調査が進む
1月29日 4時31分 NHK配信

傷み具合の調査のため拝観ができなくなっている、神奈川県鎌倉市の大仏では、28日、調査の様子が報道関係者に公開されました。
鎌倉時代に鋳造され、国宝に指定されている大仏は、汚れやさびが目立つため、今月13日から傷み具合を調べる調査や清掃作業が行われていて、2か月間にわたって拝観することができなくなっています。
28日は調査の様子が報道関係者に公開され、およそ13メートルある大仏の頭まで何段にも組まれた足場の上では、専門家が、頭部にあるひび割れや汚れを撮影したり、専用の装置を使って表面のさびの成分などを調べていました。
鎌倉の大仏が拝観できなくなるのは、昭和34年から36年にかけて行われた「昭和の大修理」以来、55年ぶりのことです。
調査に当たっている東京文化財研究所保存修復科学センターの森井順之主任研究員は、「仏像を近くで見ると、遠くでは見えない亀裂が確認できた。これまでの調査ではすぐに壊れるようなぜい弱な部分は見つかっていないが、今後明らかになれば、修理の是非を検討してもらいたい」と話していました。
作業はことし3月10日まで行われ、作業の一部は境内に設置されたモニターで見ることができます。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160129/k10010389731000.html

鎌倉大仏修理 【“鎌倉の大仏 傷み具合の調査が進む”の続きを読む】

韓国国立中央博物館、鉄造阿弥陀を初公開

韓国国立中央博物館、鉄造阿弥陀

韓国の地方仏とのこと。鉄仏と伝えられるが、写真で見る限り保存状態は良さそうだ。
韓国国立中央博物館HPはありがたいことに日本語版もあるので以下も参照。
http://www.museum.go.kr/site/jpn/relic/represent/view?relicId=1200


【以下は引用】
韓国国立中央博物館、鉄造阿弥陀を初公開
高麗室・渤海室を新装、実生活の遺物など立体的な展示

展示場の中央に結跏趺座(けっかふざ)している鉄の仏像は、近所のおじさんのようにほのぼのとて見えた。サザエの殻のように結い上げられた頭、平たい顔…。江原道原州で出土した高麗の「鉄造阿弥陀(あみだ)仏」だ。胴や頭の一部が壊れ、コンクリートで埋められていたが、保存処理を経てきれいに生まれ変わった。

 ソウル市竜山の国立中央博物館(金英那〈キム・ヨンナ〉館長)は最近、新装成った高麗室でこの仏像を初めて公開した。台座を低くして観客の目の高さに合わせ、後ろ姿まで立体的に見ることができるように展示した。ソ・ユンヒ学芸研究士は「高麗の地方勢力を動員して作った鉄仏。首都開京(現在の開城)の華麗かつ貴族的な文化とは異なる土俗的な仏像の顔が、まさしく高麗の地方文化の特徴」と語った。

 同博物館は今回、常設展示館の高麗室と渤海室を新装した。展示遺物およそ770点のうち、230点余りが初公開。ガラスの陳列スペース場を新たに作って照明も改善し、一段と引き締まった姿になった。2009年の新設後、初めて改編された高麗室は、時期により第1室と第2室に分けられた。第1室は、開京の貴族文化と、明確な地域色を有していた地方文化とを対比した展示になっている。14年に国立中央博物館会が日本から購入して同博物館に寄贈した螺鈿(らでん)の経箱、青磁、貴金属などは、高麗王と門閥貴族の洗練された文化を物語る。一方、鉄造阿弥陀仏に代表される地方の遺物には、土俗的でありながらも個性の強い、高麗の味が感じられる。

許允僖(ホ・ユンヒ)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/01/29/2016012901234.html

飛鳥大仏 いま甦るその実像

飛鳥大仏 2

以前に以下の記事(2012年10月20日)を読んだ。「飛鳥大仏 ほぼ造立当初のままの可能性 文学学術院・大橋教授らがX線分析、従来の見解覆す研究成果」(https://www.waseda.jp/top/news/6373)。
今回の読売新聞の記事はそれを踏まえたものであろうか。それはさておくとしても実に興味深い。


【以下は引用】
鎌倉期焼損も、造立の姿残す

 日本最古の本格的寺院、飛鳥寺(奈良県明日香村)の本尊・銅造釈迦如来坐ざ像(通称・飛鳥大仏、重要文化財)の材質調査に、藤岡穣ゆたか・大阪大教授(東洋美術史)らの研究グループが、今夏から取り組む。鎌倉時代に火災に遭い、ほとんど原形をとどめていないとも考えられてきたが、昨年の予備調査で造立当初の部分があることを確認。頭部についても当時の造形のまま残っている可能性が高く、再評価につながりそうだ。

 飛鳥大仏は像高275センチの鋳造仏。渡来系の仏師、鞍作鳥くらつくりのとり(止利とり仏師)が手がけ、609年に完成したとされる。奈良・東大寺の大仏造立(752年開眼)を100年以上遡り、文献上、日本で制作されたことが確認できる最初の仏像だ。

 1196年、落雷による火災で、大仏が安置されていた金堂が焼失。大仏も大きく傷ついたとされる。戦前は国宝だったが、1950年に文化財保護法が施行された際、「残存状態が悪い」と判断され、国宝再指定はされなかった。

 藤岡教授らは2013年度から、大阪市立美術館所蔵の誕生釈迦仏立像(飛鳥時代)など、5~9世紀を中心とする金銅仏約500点の調査に取り組んできた。その一環として昨年8月、この大仏の予備調査を実施。金属の成分がわかる蛍光エックス線を用いて、大仏の表面約20か所を調査した。

 その結果、右手の指と手のひらは銅87~88%、錫すず5%、鉛4%で、飛鳥時代の金銅仏の成分と特徴が一致。造立当初のものが残っていると判断した。

 予備調査では足場が組めなかったため、頭部の成分分析はできなかったが、表面は右手とよく似た仕上がり具合となっている。このため、頭部についても、造立当時の様式を保っているとみられるという。

 頭部には補修した痕跡が多数残っており、これまでは火災で大きく損傷した証拠だとされてきた。これについても、藤岡教授は「当時の技術が未熟だったため、鋳造中に欠損してしまった部位を、造立時に銅材で補った跡もあるのではないか」と指摘。大仏の顔の一部には鋳造後に金メッキを施された跡が残っており、「完成すれば、補修跡は分からなくなると考えたかもしれない」と推測する。

 本調査では、足場を組んで頭部を含む全体を詳細に分析。造立当時の部分と補修部分を区別するとともに、補修が行われた時期についても検討する。

 藤岡教授は「飛鳥大仏は我が国の仏教史上、最も重要な仏像の一つ。実態を解明したい」と話している。

2016年01月30日  読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/news/20160130-OYO1T50015.html

飛鳥大仏images

室生寺 十二神将

室生寺十二神将
http://gallery.noevir.jp/miyoshi/

【以下は引用】
三好和義氏による“土門拳氏に捧げる”写真展「室生寺 十二神将」がノエビア銀座ギャラリーで開催

2016年1月12日(火)から3月25日(金)まで、ノエビア銀座ギャラリーにて、“土門拳に捧ぐ―三好和義写真展「室生寺 十二神将」”が開催されている。1986年に写真集「RAKUEN」で木村伊兵衛写真賞を受賞した三好和義氏の写真展。奈良県北東部の室生山の山懐にある室生寺をテーマとした作品の中から、薬師如来を守護する12体の武神「十二神将」を中心に展示が行われる。入場無料で、開催時間は10:00〜18:00(土日祝は17:00まで)。

三好和義氏は1958年徳島県生まれの写真家だ。“楽園”を求め、タヒチやモルディブなど南の島々をはじめ世界各地を巡りながら活動。近年では、日本の世界遺産、京都御所、桂離宮、仏像、陶磁器、富士山、伊勢神宮など、日本人の精神性や伝統文化をテーマに撮影を続けている。本展のタイトルからも窺えるように、三好氏は中学生の頃から故・土門拳氏(1909-1990)に憧れて写真家を志した。土門拳氏は戦前から報道写真家として活躍し、日本の伝統文化から社会性の高いテーマまで、日本の写真史に偉大な功績を残したことで知られる。彼は1939年から室生寺に通い、1954年には写真集「室生寺」、1978年には写真集「女人高野室生寺」を刊行。今回の企画は、その憧れの土門氏が愛した室生寺の撮影に、三好氏が挑んだ写真展となっている。

■期間:
2016年1月12日(火)~3月25日(金)

■開催場所:
ノエビア銀座ギャラリー
東京都中央区銀座7-6-15 ノエビア銀座本社ビル 1F

http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/43681/

FC2Ad