大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

諏訪 神宮寺本尊か

◆◆◆解体修理を終えた普賢菩薩騎象像=諏訪市の仏法紹隆寺で
解体修理を終えた普賢菩薩騎象像=諏訪市の仏法紹隆寺で

【以下は引用】

諏訪市の仏法紹隆寺(ぶっぽうしょうりゅうじ)が所有する「普賢菩薩騎象像(ふげんぼさつきぞうぞう)」が、諏訪大社上社(同市)近くにあった神宮寺の本尊だったことが確認された。昨年六月から行ってきた解体修理で像内部に「信州すは(諏訪)の本尊也」との書付が見つかった。仏法紹隆寺が十一日、会見を開き明らかにした。

 普賢菩薩騎象像は、上社の祭神「建御名方神(たけみなかたのかみ)」の本地仏と伝えられる。神仏習合思想のもとで、神は仏の仮の姿とされていた。像は神宮寺境内の普賢堂にまつられていたが、明治初年、廃仏毀釈(きしゃく)で寺が取り壊された際、仏法紹隆寺に移管された。

 本尊だったことを示す書付は、普賢菩薩像の頭部の木製部材にあった。神宮寺ゆかりの普賢菩薩騎象像は三体存在し、どれが本尊なのか明確ではなかった。像の大きさや象をかたどった台座が作られた時代などからも、今回修理した像が本尊であることは間違いないとしている。

 また、台座の上の普賢菩薩像は織田信長軍の兵火で焼失したが、その後、一五九三年に「康俊」という慶派の仏師の手で造像されたことが分かった。一方、台座はそれよりも古く、作風や神宮寺の歴史などから、普賢堂が建てられた一二九二年当時に作られた可能性が高いとしている。台座内部は空洞になっており、三体の仏像が納められていた。

 調査に関わった飯田市美術博物館の織田顕行学芸員は「どれも貴重な発見で、上社の歴史を考える上で、非常に重要な仏像」と話している。普賢菩薩騎象像は四月二日から特別公開する。
(中沢稔之)
http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20160312/CK2016031202000013.html 

真岡・専修寺 一光三尊仏

◆◆◆◆
高田山専修寺  一光三尊仏像

【以下は引用】
【真岡】高田の国指定史跡・高田山専修寺の本尊で、2014年3月の御開帳後に津市の真宗高田派本山に移されていた「一光三尊仏像」が31日、2年ぶりに同寺に戻る。同寺は翌日の4月1日から3日間、本尊の帰還を祝う「御復座法会」を実施、同仏像を再び一般公開するほか、貴重な所蔵品の数々も合わせて展示する。

 一光三尊仏像は鎌倉時代、同寺建築中の親鸞(しんらん)が長野の善光寺から譲り受けたと伝えられる秘仏。本山の意向や秘仏という性格上、文化庁などの調査を受け入れていないため「隠れた国重文」と言われる。1998年以来の御開帳となった14年は、3日間だけ同寺で公開。その後は慣例に従って本山に運ばれていた。

 今回の法会では午前8時から午後4時(最終日は午後2時半)まで、御影堂須弥壇(しゅみだん)に安置された同仏像を無料参拝できる。500円の参拝料を支払えば仏像により近い「内陣(ないじん)」での参拝が可能になる時間帯も設ける。

 同寺の長岡辰夫(ながおかたつお)総代(75)は「貴重なこの機会に、ぜひ参拝してしてほしい」と話している。(問)同寺0285・75・0103。

 【一光三尊仏像】 インド、中国、百済を経て538年に日本に渡り、三国伝来の仏像としては日本最古とされる。
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20160328/2277252

FC2Ad