大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

古寺巡礼

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古典中の古典。本当に久しぶりに読み返して印象が変わってしまった。

<和辻の経歴>
1889年 兵庫県神崎郡砥堀村仁豊野(現・姫路市仁豊野)にて誕生。
1906年 旧制姫路中学(現・姫路西高校)卒業。
1909年 第一高等学校卒業。
同年、後藤末雄、大貫晶川、木村荘太、谷崎潤一郎らとともに同人誌、第二次『新思潮』に参加、第一号に載せたのは戯曲「常盤」。以後も、バーナード・ショーの翻訳などをするが、次第に文学から遠ざかる。谷崎の才能に叶わないと感じたからだといわれる。
1912年 東京帝国大学文科大学哲学科卒業、同大学院進学。ケーベルを尊敬し、卒論を読んでもらいたいが為に英語で執筆。当初はニーチェ論を書きたかったが、指導教授が難色を示したためショウペンハウアーに関するものにした。
同年、高瀬照と結婚。阿部次郎との親密な交流が始まる。
1913年 紹介を得て夏目漱石の漱石山房を訪れるようになる。『ニーチェ研究』を出版
1916年 漱石および岳父高瀬三郎の死。この時期、日本の文化に深い関心を寄せ始める。
1920年 東洋大学講師
1922年 法政大学教授
1925年 京都帝国大学助教授。
1927年 ドイツ留学。(~1928年)
1931年 京都帝国大学教授。
1932年 大谷大学教授兼務、文学博士号取得。
1933年 東京帝国大学文学部倫理学講座教授。
1949年 退官。日本学士院会員。
1950年 日本倫理学会会長(死去まで)。
1955年 文化勲章受章。
1960年 死去。墓所は鎌倉の東慶寺にある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 この本は1919年に書かれているので20代の作品。その感性の瑞々しさ、推論の大胆さに加えて女性への憧憬、性への関心の高さも結構、あっけらかんと表現している。
 かっては個別の仏像の記述ばかりに眼がいっていたが、この「自然児」ぶりあればこそ、大ベストセラーになったのだろう。古寺を思うさま歩き、文化を論じる「和辻」流はその後、一世を風靡することになる。

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テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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