大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

飛鳥・白鳳彫刻の魅力(4):百済観音

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 最近、倉西裕子『国宝・百済観音は誰なのか?―実在したモデルとその素顔』(小学館)を読んだ。『聖徳太子と法隆寺の謎―交差する飛鳥時代と奈良時代』(平凡社)、『日本書紀の真実―紀年論を解く』、『「記紀」はいかにして成立したか -「天」の史書と「地」の史書』(講談社選書メチエ)なども出ており注目すべき作家である。
 本書を読むといかにこの仏様についての歴史的データが乏しく、それゆえに想像の翼が羽ばたける余地が大きいかがわかる。

 百済観音について、<和辻>は「抽象的な『天』が、具象的な『佛』に変化する。その驚異をわれわれは百済観音から感受するのである」と書いた。
 <亀井>は「白焔がゆらめき立ち昇つて、それがそのまま永遠に凝縮したやうな姿」と書いた。
 <竹山>は「抽象的な超自然な線」と「理想化された霊的な肉体」が「分裂し対立しながら、相補って調和を奏でている」と書いた。<吉村>は「沈黙の立像」と書いた。いずれも文学的な表現を駆使して、なんとかこの仏様の最良のものを引き出そうと苦心惨憺しているようにも見える。

 そうしたなかで<本郷>は彫刻家の視点から、人間にはありえない長身痩躯さを、彫刻における変型(デフォルメ)の妙と捉えて記述するが説得力がある。

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テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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