大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

田中豊蔵と上野直昭

001-02

 むかしの学者は実に偉かったなあと思う。きょうは手元に2冊の古本がある。
田中豊蔵『日本美術の研究』二玄社 1960年(以下「田中1960」)
上野直昭『日本美術史 上代篇』 河出書房 1949年(以下「上野1949」)

 まず、田中豊蔵について下記を参照。氏は1948年に逝去しているが、この本は13回忌を記念して1960年に出版された。その「序」は上野直昭が書いている。


(参考)
田中豊蔵 1881-1948年 大正-昭和時代の美術史家。
明治14年10月2日生まれ。田中喜作の兄。雑誌「国華」編集員,慶大,東京美術学校(現東京芸大)の講師をへて昭和3年京城帝大教授。戦後は文部省美術研究所長となり,東京都美術館長もかねた。昭和23年4月26日死去。68歳。京都出身。東京帝大卒。号は倉浪子。著作に「東洋美術談叢」など。
http://kotobank.jp/word/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E8%B1%8A%E8%94%B5

 次に上野直昭について同様に下記を参照。この二人は同年代。ともに関西出身で東京帝大で学び、さらに京城帝大に同時期に赴任。戦前の有力な美術史専攻の教授であった。田中は戦後68才で逝去したが、上野は長寿を全うした。ゆえに、田中の遺稿集の出版に関与した。

(参考)
上野直昭 1882年11月11日 - 1973年4月11日は、美学者。兵庫県生まれ。
東京帝国大学哲学科卒、1924年から2年間、欧米留学。その後、京城帝国大学、九州帝国大学で教授をする。1941年大阪市立美術館館長、その後東京美術学校校長、東京国立博物館館長、愛知県立芸術大学学長を歴任。日本の絵巻物や東洋と西洋の美術比較等に造詣が深い。1946年帝国学士院会員。1959年文化功労者。主著に「絵巻物研究」、「日本美術の話」等。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E7%9B%B4%E6%98%AD

 「田中1960」では「玉虫厨子に関する考察」(1930年)ほか興味深い論文が多数収録されているが、関係文献を徹底的に読み込み、かつ卓抜な構想力をもって史実に迫ろうとする態度になんとも<凄み>を感じる。その典型が「仏師定朝」(1931年)であり、これは機会をみて別に紹介したいが、康尚ー定朝ー覚助の「血縁」の系譜とともに、定朝の「弟子」長勢の系譜をくっきりと描き、読んでいて得心する明解さがある。
もっともここに収録されている日本美術に関する論考のレンジはきわめて広く、彫刻よりも絵画に力点がおかれており、また庭園についての造詣も深い。その意味で、美術史においてもその「学問」が専門分化する以前の教養主義、高邁な知見を感じる。
 その一方、「上野1949」もユニークである。氏は西洋美術史を専攻し、本著と前後してイマヌエル・カント『美と崇高との感情性に関する観察 』岩波文庫 1948年の翻訳も上梓している。西洋美術から入り、戦中の特殊の時代を京城ですごし、その後、日本美術の研究に勤しむことになった。本書はいま読んでも、表記、文章表現は別だが、その内容にはそう古さを感じない部分も多い。日本美術史専攻の正統の学者とは、あえて位相を異にする発想の部分がそのユニークさに通じているようにも思う。飛鳥、白鳳、天平といった「上代」を中心に論じているのも、その文化、文明の<コスモポリタン性>があるがゆえとも言えよう。

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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