大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

光と仰角

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A ドラクロア「バリケードを越える自由」(部分)

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B レオナルド「聖マリアと聖母子」(部分)

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C レンブラント「ろうそくを持つ老母」

 井手則雄『西洋の美術 原始時代からフランス革命まで』1961年 筑摩書房(pp.198-201)には興味深い指摘がある。名画に隠された優れた技法ー絵画における光の効果(陰影法)についての記述である。Aは「横」からの光の例で、旗をかざして闘う美しい女性の横顔に注目、Bは「上」からの光の例で、聖母子の背後にたたずむ聖アンナの慈しみある顔(額から目元)に注目、Cは「下」からの光の例で、これは見てのとおり手にもったか細いろうそくの揺らぐ光を受けて、老婆の表情のリアリティを追究したレンブラントの秀作である。西洋絵画について、こうした分析はよく行われるが、ふと日本の仏像についてもアナロジカルに考えてみたくなる。

【野中寺弥勒菩薩像】

野中寺img007

 とても小振りの仏さまなのだが、見る角度(仰角)と光のあて方によって印象がおおきく異なる。上は横下方からのアプローチであるが、一種、大仏のような厳しい偉容があることがわかる。小金銅仏の場合、どうしても観察者の目線は(下の写真のように)平行ないし上部からとなるが、持念仏の場合、むしろ下から拝むことを念頭につくられたものも多かろう。よって、下から見上げた時に、像容の威厳とその表情が一変するのもこうした仏さまに接しての楽しみのひとつである。

野中寺弥勒菩薩2

【中宮寺観音】

中宮寺観音N3

 ルドルフ・アルンハイム『美術と視覚 美と創造の心理学』波多野完治・関計夫訳 1964年 美術出版社では、上下巻で次の章立てで詳細な分析が行われている。
序文、第Ⅰ章 バランス、第Ⅱ章 形、第Ⅲ章 形式、第Ⅳ章 成長(以上上巻)
第Ⅴ章 空間、第Ⅵ章 光、第Ⅶ章 色彩、第Ⅷ章 運動、第Ⅸ章 緊張、第Ⅹ章 表現(以上下巻)
 こうした要素で芸術作品を分析していく方法論そのものにも関心はあるが、上記分析領域のどこからみても「一級」の評価間違いないのが、中宮寺観音(弥勒菩薩)である。
 野中寺弥勒像はいまも鍍金のあとが残り、当初の金色(こんじき)のイメージを連想することができるが、中宮寺観音は木造で漆をかけており、そのうえに金をのせている。金は剥落して地の部分が磨かれ、見てのとおり「黒光りの美」をわれわれに示してくれている。どの角度からみても印象がぶれない絶妙なバランスに支配されているが、やはり堂宇に座して上目で拝むとき(下の写真の構図)に有り難さが倍加するように思う。光や仰角のもつ意味をよく考えて鎮座しておられると思う。


中宮寺菩薩

【興福寺仏頭】

興福寺仏頭

 本像については比較的最近、このブログに書いたので今日は多くは語らない(http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-170.htmlを参照)。もともと仰角のことを考える切っ掛けは、この仏頭を凝視しているときに思った。上の写真の厳しいご尊顔は大仏のもつ緊張感も具現していると感じる。その一方、下の写真では、失われた躯体について、むしろ憐憫の感情もわきおこる。なお、大きな右耳のアングル(左耳は欠落)からみたお姿にはまた別の驚きもあり、左右からの印象が異なることも付記しておこう。

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テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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