大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

奈良の古寺と仏像展 再訪

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今回のハイライト、法隆寺「夢違観音」白鳳時代

 もうすぐ東京での公開が終わってしまうので、家内と一緒に表記の展覧会に行く。日本橋三越の隣りのビルの7階に会場はあるが、三越はいま銀座店がリニューアル・オープンしており、買い物客は銀座に集中しているようだ。街を行きかう人も多くない。会場内も混んではいたが痛痒を感じるほどではなかった。前回は金銅仏以外について感想を書いたので、今日はメイン展示を中心にふれよう。

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観音菩薩立像 飛鳥時代 68㎝

 止利派の有名なボリューム感のあるこの立像が金銅仏展示パートの最後におかれ、ポスターを飾る夢違観音が全体展示の「トリ」といった趣向。この立像と近似する半跏思惟像も同時に展示してほしかったなあとも思う。照明がよいので、鏨(たがね)彫りの丁寧で根気のよい処理がよく見える。堂々とした像容である。止利派では628年銘のある舟形光背、一光三尊仏が入り口で出迎えてくれるが、金銅仏展示は止利派ではじまり終わるといったコンセプトで構成している。

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半跏思惟像 岡寺 31.5㎝ 奈良時代 

半跏思惟像では、岡寺のこの仏さまと東大寺蔵(伝聖武天皇持仏)の2仏が並んでおられた。東大寺像との比較では、東博蔵48体仏の中によく似た作例がある。岡寺の本像にはなんどもお会いしているが、いつも観察者の心を安んじるようなやさしい包容力を感じる。一方、小さな仏さまながら、下から仰ぎ見るとき、そのご尊顔はとても高貴な表情を見せる。逸品である。
 
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薬師如来倚像 正暦寺 28.0㎝ 奈良時代

 金銅薬師如来倚像 - 正暦寺本尊。奈良時代前期。平素は秘仏とされ、春秋などに期日を限って瑠璃殿(宝物館)で公開されるという。倚像では深大寺像とよく比較される。本像よりも小振りながら、奈良桜本坊の釈迦如来坐像 18.4㎝も正面、横からのお姿がよく似ている。特に左手与願印。坐像の場合は左手のひらを上に向け、膝上に乗せるが、両像の指の曲げ方は同じように見える。一見、頭でっかちの童顔ながら、その丹念な作像は仏の存在の有り難さを見るものに与えずにはおかないだろう。

003 如意輪観音像 元興寺 鎌倉時代

004 持国天像(四天王のうち) 東大寺 鎌倉時代

 鎌倉時代の優品を2像、かかげておこう。如意輪観音像は素晴らしいバランスで、これだけ複雑な姿態をなしながら、どこからみても破綻がない。見事な技術である。ご尊顔も気高い。家内がなぜ重要文化財ではないのか・・・と言っていたが同感。持論だがもっと、鎌倉以降の優品を積極的に指定すべきと思う。
 同様に持国天像。四天王のなかでも際だって造型力が高い。「群像」の場合であっても、より柔軟に考え「単独」でこの像のみと指定をしても良いのではないか。
 一般に造像銘のある基準作や仏師が特定されていると、その出来にかかわらず指定が行われるような気もするが、そろそろ別の考え方からも国宝、重要文化財のあり方を考えてもよいのではないか。世界遺産といった考え方がグローバルに浸透してきた今日、日本もかつての大御所のひいた権威主義的、形式的、硬直的な考え方は見直すべき時である。
 思わず脱線してしまったが、そうしたことを考えさせるような仏さまは上記2仏のみならず鎮座していた。

(参考)前回報告 http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-191.html

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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