大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

飛鳥・白鳳彫刻の魅力(7):ニーチェ

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 和辻哲郎は1913年にそれ以前のショウペンハウエルの論文発表を踏まえ『ニーチェ研究』を出版している(<和辻>を参照)。
 竹山道雄は1953年にニーチェ『ツァラトストラかく語りき』を出版し、これはいまも新潮文庫で「現役」として読まれている(<竹山>を参照)。
 『大和古寺』(日本評論社)を1941年に出版した井上政次は、それ以前の1935年に訳書としてニーチェ『反時代的考察』〔全2冊〕を出版している(<井上>を参照)。

 これら「古寺探訪」の文化人グループがいずれもニーチェを原文で読み訳し、その思想に深く係わっていたことは興味深い。もちろん、戦前の文化的な状況において、ドイツとは軍事的な枢軸関係もさることながら、その哲学や教養主義の影響はいまからは考えられないくらい深かったろう。

 ほかにも、亀井勝一郎は転向後の心の拠り所にゲーテに傾倒したし、吉村貞司もその専攻はドイツ文学である(<亀井><吉村>を参照)。
 それにしても「神は死んだ」と叫んだニーチェの研究者がいずれも、日本の古仏に惹かれる要因とはなんなのだろう。「永劫回帰」や「超人思想」といった新たなニーチェ哲学の反証作用なのか、あるいはその伏在するニヒリズムが、戦中にこうした文化人の精神に投影していたからだろうか。

 ここでは、ニーチェ哲学の後継者ヤスパースが来日し、広隆寺の宝冠弥勒菩薩について語った言葉を以下、引用しておきたい(<水沢>p.21より転記)。
 「・・・・この広隆寺の弥勒像には、真に完成され切った人間実存の最高の理念が、あますところなく表現されています。それは、この地上に於けるすべての時間的なものの束縛を超えて達し得た、人間存在の最も清浄な、最も円満な、最も永久な、姿のシンポルである思います。・・・・」
(篠原正瑛「敗戦の彼岸にあるもの」から)

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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