大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

運慶ブーム

運慶

 運慶ブームとでもいうべき現象がおきている。まずは書籍、雑誌類から。単行本でも運慶本は多い。手元にある古いものを2冊紹介。瀧川駿『運慶』(1962年 圭文館)と岡本謙次郎『運慶論』(1972年 冬樹社)である。いずれも異色の運慶論だが、著者の破天荒な人生観や独特の芸術論を運慶に重ねてみている本かなと感じた。瀧川本では、六波羅蜜寺にある運慶の生前の姿を写した坐像についてのくだりが特に面白かった。以下に一部引用する。

「・・・とんがり頭の武骨い感じの、ごく平凡なおやじの顔である。口と眼がばかに大きく眉が濃い。七条仏所の造仏の秘伝からいうと、かなり枠からはみ出している作品である。・・・だが、この像にはなにか素朴さがあり、親しみのある運慶が感じられて、接していても温かい気持ちがする。そして運慶が主張していた実物写し(写実)の刀法をかんじる。この作は運慶の養子で、第三子になっている実に非凡であった康弁の作であろうといわれているが、彼の代表作の天鬼燈、竜燈鬼などと同様に、着想の奇抜さが感じられる」(pp.212-213)

 岡本は無著・世親像について多くの記述があるが、形式・仕儀から脱して、運慶が写実主義に行きたった点が強調されている。一文のみ以下、引用する。

「無著像世親像の毅然たる姿はわれわれの想像力を封じてしまう。多分、写実とは、事物を離れてとりとめもなくなった想像力をあらためて現実の事物に引きとめておこうとする態度から生じた一形式である」(p.125)

 雑誌でも上記の『芸術新潮』はじめ「運慶特集」は昨今、読みきれないくらいある。直近のものとして、知人が届けてくれた以下の紀行誌を参照。侮れない内容、限られた紙幅ながら充実した構成である。

2011年1月号 [特集]東国の運慶を旅する 新春の伊豆・三浦・鎌倉へ


 奈良仏師・運慶は、平安末期から鎌倉にかけての激動の時代、仏像彫刻界に一大革命をもたらしました。現在、運慶作とされている仏像は全国に18体しかなく、そのうちの11体はなぜか鎌倉周辺に集中しています。謎を解き明かしながら、新春の伊豆、三浦、鎌倉を旅します。
http://www.jreast.co.jp/tabidoki/trainvert/index.html

 0003

  テレビでも運慶が取り上げられる番組も目立つ。これはローカル局なので一般には見られないが、1月16日(日)、千葉TVでは19:00-19:30「カリスマ仏師・運慶の大傑作〜円成寺〜」が放映される。また、NHKでは昨年、話題になった以下を参照。

2010年2月7日放送 NHK「日曜美術館」夢の運慶 傑作10選


水野敬三郎さん(東京藝術大学名誉教授) 篠原治道さん(金沢医科大学教授)  原島博さん(東京大学名誉教授・日本顔学会会長) 森田義之さん(愛知県立芸術大学教授) ヤノベケンジさん(美術作家)
 
 彫刻史上突出した個性を持つ天才仏師、運慶(?~1223)。平安王朝が没落し、武家社会が幕を開けた鎌倉時代に、圧倒的な実在感を放つ仏像を作りだした。2007年、奈良や横浜の寺院で相次いで運慶仏が確認され、今再び注目を集めている。番組では、運慶の名作を一挙公開。運慶研究の第一人者、東京藝術大学名誉教授の水野敬三郎さんの監修のもと、ベスト・オブ・運慶を10作選出する。東大寺南大門の「金剛力士立像」、金剛峯寺の「八大童子立像」、興福寺北円堂の「無著菩薩立像・世親菩薩立像」…。今にも動き出しそうな迫力ある肉体、仏としての威厳と人間らしさを兼ね備えた豊かな表情、そして深い精神性まで感じさせる存在感。その魅力を多角的に探る。スタジオゲストには、水野敬三郎氏の他、運慶の彫刻を解剖学的に読み解く篠原治道さん(解剖学者)、仏の表情を顔学から分析する原島博さん(日本顔学会会長)、西洋彫刻との比較から運慶仏の魅力に迫るミケランジェロ研究家の森田義之さん(愛知県立芸術大学教授)、ロボットやマシンのような巨大造形物を手掛ける美術作家のヤノベケンジさんを招き、人間的魅力にあふれた仏像を作り上げた運慶の表現の秘密に迫っていく。

http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2010/0207/index.html

0004

 いわゆるカルチャーセンターものでも運慶が注目されている。最近の研究成果を見ると、康慶の先駆性や政治力を高く評価しているものや、運慶はじめ慶派の東国(関東)との関係を重視しているものが目立つ。
 東博ではいま蓮華王院(三十三間堂)の慶派(湛慶)、院派、円派の3つの像が展示されている。外から鋳型をあてるように彫る2派に対して、風船を脹らませるように内から肉が皮膚を押し上げるような慶派の彫り方の違いがわかって興味深い。
 円派はその名に「円」を継承する、院派は「院」を継承する。慶派は、定朝ー覚「助」-頼「助」-康「助」から康「朝」-成「朝」へと続く系譜がある。この派がもしも歴史を動かしたら、「助」派か「朝」派と呼ばれたかも知れない。しかし、康「朝」-康「慶」-運「慶」が主流派となる。ここに慶派が生まれるわけだが、天下の名工、定朝の跡目を継いだのは7代目の運慶であった。しかも、7代目は名工を超えた天才であった。

JR東日本、NHKカルチャー共同開催特別講座 運慶~天才仏師の革新~


2010年11月13日(土)開講
(講師:水野敬三郎氏)仏像彫刻の精髄を探ります。

 近年、作品の新発見が相次いで、運慶の芸術があらためて注目されています。源平の争乱期から鎌倉時代の初めという動乱の時代に生きて、仏像彫刻に変革をもたらした天才仏師運慶。その人と作品をめぐるさまざまな問題を考えます。

講師:水野敬三郎氏
東京藝術大学名誉教授。新潟県立近代美術館名誉館長。専門は日本彫刻史。著書「奈良・京都の古寺めぐり」(岩波ジュニア新書)。

第1回 2010年11月13日 青年期の運慶~円成寺大日如来像とその銘文をめぐって
第2回   12月11日 運慶の新様式、運慶と東国~伊豆願成就院の仏像を中心に
第3回 2011年1月8日 新しい仁王の形、巨像製作~東大寺南大門仁王像
第4回   2月12日 運慶工房と運慶芸術の完成~興福寺北円堂の再興造仏

運慶 円城寺
国宝 大日如来坐像 運慶作 安元2年(1176) 奈良・円成寺所蔵


 また今年は神奈川県立金沢文庫にて大変重要な展示会がある。

神奈川県立金沢文庫80年特別展 運慶-中世密教と鎌倉幕府-


【主要展示品】
 国宝 大日如来坐像 運慶作    安元二年(1176)   奈良・円成寺所蔵
 重文 毘沙門天立像 運慶作    文治五年(1189)   神奈川・浄楽寺所蔵
                 (展示期間:1月21日(金)~2月27日(日)予定)
 重文 不動明王立像 運慶作    文治五年(1189)   神奈川・浄楽寺所蔵
                 (展示期間:1月21日(金)~2月27日(日)予定)
 重文 帝釈天立像 伝運慶・湛慶作 正治三年(1201)頃  愛知・滝山寺所蔵
 重文 厨子入大日如来坐像     鎌倉時代初期    栃木・光得寺所蔵
 重文 大日如来坐像         鎌倉時代初期    東京・真如苑所蔵
                 (展示期間:2月15日(火)~3月6日(日)予定)
 重文 大威徳明王坐像 運慶作   建保四年(1216)   神奈川・光明院所蔵ほか

開催期間:2011年1月21日(金)~3月6日(日)
【内容】仏師運慶は、最もよく知られる日本の芸術家の一人です。その卓越した技量による力強い作風は、鎌倉という新時代に相応しいものとしてよく知られています。しかし、その高名さとは対照的に運慶の真作は数えるほどしか残っていません。
 本展覧会では、その数少ない運慶の仏像を一堂に会します。そして「中世密教」と「鎌倉幕府」との関係から、運慶作品の製作背景の秘密に迫ります。
 特に、国宝中の国宝と言える円成寺の大日如来坐像と光明院の大威徳明王像が並ぶ展示が実現し、運慶による最初期と最晩年の二体の仏像が出会う展示は見所の一つです。*会期中展示替があります。
http://www.kanagawa-kankou.or.jp/event/museum/2010/12/museum-9964.html

 以下はかつて本ブログに書いた文章の再録。
 芸術新潮 2009年 01月号 [雑誌] は運慶の特集である。もう30年以上も前になるが、学生の時に、当時の運慶の「確定」現存作はほとんど見てまわった。この特集をみて感慨を深くしたのは、その後の運慶作が随分と増加していることであり、この間の運慶研究が進んでいることを物語っている。
 わが国の彫刻家で、その足跡をかなり詳細にトレースできる大家は明治期以前でほとんどいない。そのなかにあって定朝と運慶、快慶はその存在自体がそびえ立つ「巨像」といってよいだろう。
 なかでも運慶は、写実性、男性的なエネルギーの躍動、工房としての生産性などからみて、その後の日本彫刻へ決定的な影響を与えている。奈良を訪れると奈良時代前後の彫刻に加えて慶派、とりわけ運慶、快慶の素晴らしい多くの彫像に圧倒される。
 それは南都復興という大事業を慶派が請け負い、その棟梁こそが運慶であったことと分けては考えられない。歴史的な大事業をまえに、天平彫刻を研究しつくし、そこに台頭する武家社会の時代の息吹を注入した仏師こそ運慶であった。
 一方、伝運慶といった糢糊作はあまた存在し、また、運慶作だからといって本当に名品かどうかは判断の難しい作品もある。自分にとっても気に入った作品ばかりではない。当時の慶派工房は、急ピッチでの多くの作業を要請され、それをこなしていくためには、高い生産性を要求されたに違いない。よって、運慶作のなかにも、どこまで運慶自身の鑿が入っているかは慎重に考えなければならない作品も多かろう。
 学生の時の研究テーマは運慶の東国下向問題であった。果たして運慶は鎌倉などの東国に自ら足を運んだかどうかという問題である。関東には運慶の秀作が多く残されている(本書でも多くの紹介がある)。しかし、この問題は未だ解決をみていないようだ。慶派の優れた仏師が関東に駐在(ないし在住)したことは間違いないだろうが、そこに短期間でも運慶自らがいたかどうかは依然として謎のようである。そのあたりも魅力の源泉かも知れない。

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-95.html
0-14.jpg

0-13.jpg

0-11.jpg
0-12.jpg
0-2.jpg
0-19.jpg
0-20.jpg

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/tb.php/210-ace23c0e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad