大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

興福寺

0000-5.jpg
 
 興福寺は、いまの奈良観光では、行かない人がいない最重要な交流点に位置しています。たとえば、電車で奈良に降り立った場合、JR奈良駅、近鉄奈良駅、どちらからのアクセスでも、メインロードの三条通りをへて観光ゾーンの中心部に入れば、そこにはじめて現れるのは奈良のシンボルの一つ、興福寺の五重塔です。しかし、本来、興福寺は平城京では東の要害の地にありました。

0000-3.jpg

 奈良三山のうち、三笠山(御蓋山)からの導線を平城京に引けば、その軸上に春日大社があり、興福寺、三条通りに至ります。まさに東の要害といってもいい場所に興福寺は立地しています。もちろん、往時の宮城は平城宮ですが、その側面東には法華寺があります。ここは、平城京への移転、その都市設計を行った実質都市プランナーだった藤原不比等の居城がありました。しかし、その後の興福寺をめぐる<攻防>は権力者の象徴であったがゆえに激しいものでした。 

<かつて書いた文章>

◆平城京と風水の関係

平城宮をはさんで、一条大路を横軸として、東西に東大寺、西大寺が配置されている。同様に二条大路では、興福寺と菅原寺が、四条大路では、元興寺・新薬師寺と唐招提寺が、五条大路では、大安寺と薬師寺が対をなして配置されている。
 法華寺の位置は左京一条二坊だが、ここは当時の最高権力者藤原不比等の邸であり、その後皇后宮、法華寺となっていく。まさに平城宮を固める足下、絶好の位置にあったことがわかる。また、春日大社(東春)や秋篠寺(西秋)が方位上、ピタリとはまることも一目瞭然である。 
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-164.html

 法興寺(→元興寺)、大官大寺(→大安寺)や薬師寺といった巨大寺院の移設をふくめ、東大寺大仏殿に限らず、多くの新設寺院の勧請は当時の国力に照らしても凄まじいものだったろう。藤原不比等という稀代の政治家なくしてはなしえなかったことであろう。また、都市経営の視点からも注目される点は多い。
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-171.html

◆藤原不比等の台頭

 蘇我ファミリーを駆逐した中大兄は大海人にかわったが、もう一人の主役、藤原鎌足はその次男、不比等に見事に家督を譲り得た。この間の歴史を読むと、鎌足が周到に天智、大海人皇子の双方と関係を構築していたほか、669年の鎌足の死は壬申の乱の3年前であり、当時不比等が11才の幼少であったことが、ある意味エアポケット状態で結果的には良かったと思う。不比等が歴史上登場するのは、この後20年後の31才からだが62才(一説には63才)の逝去までの約30年間の政治的台頭はすさまじい。これも下記のブログに記したが4人の息子は有力各家をなした。3人の娘は、宮子(文武夫人・聖武母)、光明子(聖武皇后・孝謙母)、多比能(橘諸兄室)という最強力な「布陣」である。そして不比等なくしては、この間の「皇族系譜」の安定性はなく、それゆえ類いなき文化振興もなかったといえよう。 
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-195.html

◆興福寺のその後

 興福寺はとても苦労をした寺なんだろうなと思う。「平成22年(2010)、興福寺は、創建1300年の大きな節目を迎えます。和銅3年(710)春三月、平城京・左京三条七坊の地に造営された当山は、いま、創建当初の《天平の文化空間》を再構築するため、境内の整備事業に鋭意取り組んでいます」(興福寺HP)からすれば、この1300年の歴史のうち、安定期と激動期では、はるかに後者の歴史が長かったことであろう。
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-93.html

 興福寺の名宝といえば誰でも、阿修羅像を頂点とする八部衆や十大弟子をまっさきに思い起こすことでしょう。天平時代の名品がいまに残っていること自体が、奇跡的なことです。しかし、むしろなぜ、その他の仏像が失われたかも考えておかねばなりません。権力にちかすぎる寺、要害としての機能、私兵としての強大な僧兵の存在、そうした政治リアリズムを抜きにはこの南都の雄寺を語ることはできないでしょう。

<阿修羅像をめぐる視点>

興福寺阿修羅像1<阿修羅とはなにか>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-99.html

興福寺阿修羅像2<阿修羅像の来歴>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-100.html

興福寺阿修羅像3<造像の特色>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-101.html

興福寺阿修羅像4<時代の背景>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-102.html

興福寺阿修羅像5<動態的な見方>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-103.html

興福寺阿修羅像6<その源流>
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-125.html

0-0-0-0-3.jpg
(続きは次回以降に・・・)

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/tb.php/233-d81c2bcb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad