大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

空海と密教美術展 魅力の彫刻5 立体曼荼羅展示に疑問あり!

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 今回の東博「立体曼荼羅」では、もっとも人気の高い国宝 「帝釈天騎象像」、国宝 「梵天坐像」の2像が両翼の奥におかれ、国宝 「増長天立像(四天王のうち)」、国宝 「持国天立像(四天王のうち)」が前面隅に配置され、中に、国宝 「降三世明王立像(五大明王のうち)」、国宝 「大威徳明王騎牛像(五大明王のうち)」、国宝 「金剛法菩薩坐像(五菩薩のうち)」、国宝 「金剛業菩薩坐像(五菩薩のうち)が鎮座する構図である。

 それでは、ご当地、東寺講堂の本来の配置はどうであろうか。以下がその全体図である。今回は国宝のみの出開帳であり、重要文化財たる大日如来ほか五智如来は展示されていない。国宝>重要文化財という「ブランド志向」ゆえか、本来、空海が考案したご本尊群ははずされている。
 人気の仏像をすぐって持ってきたのだから、それで良しとの考え方ももちろんあるだろう。また、造像時期からの一貫性の追求という判断基準もあったかも知れない(五智如来【重文】:金剛界大日如来を中心とし、周囲に宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来、阿閦如来を配す。大日如来像は明応6年(1497年)、仏師康珍の作。宝生如来、不空成就如来、阿閦如来の各像は江戸時代の作で、阿弥陀如来像は頭部のみ平安時代の古像のものを流用し、体部は江戸時代の作)。


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 だが、あえてこれに文句をつけたい。
 第1に、空海が構想した密教群像仏ヒエラルキーからすれば、大日如来なき展示は、明らかに「主なき群像」ではないだろうか。はたして、天上から空海大師さんはこれをどう思っておられることかな?
 うまい比喩ではないけれど、迫力ある合戦図のなかでの「大将なき軍議」模様といった趣きである。解説書でいやと言うほど大日如来を頂点とする群像彫刻の意義を論じながら、その「中心」を欠くというのはいかにも締まらない。

 第2に、実はこれを補完する素晴らしい大日如来が同じ会場におあしますということである。それが冒頭に掲げた重要文化財「大日如来像」金剛峯寺元伽藍西塔本尊 平安前期 像高 98.5cmである。独尊として離れていらっしゃるのがもったいない。
 西塔は仁和三年(887年)に創建されたものと伝えられ、本像はその当初像と考えられる。高野山における数少ない平安初期像として大変貴重であるといわれる(http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-160.html)。

 空海と大変深い縁のある金剛峰寺の平安期の大日如来が、東寺のそれ以外の群像と同じ会場で邂逅するなど、まさに夢の取り合わせではないだろうか。まさかそんなことはなかろうが、「国宝」至上主義からは「重文」ではランク不足であったかと勘ぐりたくもある。また、両有力寺院間での調整も必要であったかも知れないが、なにより「曼荼羅体系」の重要性を説くのであれば、工夫一つで、マンダラ・パワー・スポットに画竜点睛、ここでしかなし得ない心憎い演出ができたのではないかというのが小生の愚考である。 
  

【以下は引用】

西塔の本尊:重要文化財「大日如来像」元伽藍西塔本尊 平安前期 像高 98.5cm 金剛峯寺
 西塔には五仏が安置されているのですが、中心の大日如来は金剛界で、四方の四仏は胎蔵界の諸尊がまつられているとされています。一方、根本大塔は胎蔵界の大日如来を中心に金剛界の四仏が配置されていると伝えられています。
 通常、このような諸尊の配置は曼荼羅にも例がありませんので、大塔(胎蔵界)・西塔(金剛界)のいずれかが建立されていない時期の応急的な処置とも考えられています。
 大塔・西塔の諸仏の中、突出して造立年代が古いのが、西塔の中心尊大日如来像(写真)です。
 像の頭部を見てみますと、側面渦巻く高髻(こうけい)を結い天冠(宝冠)を載せる台をあらわしています。眼は大きく切れ長で、下顎のくくりは明解となり、喉に表す三道の彫りは深く、躰部の肉付けもよく、両膝も内に向けて強く引き締まり、右足を外に結跏趺坐(けっかふざ)する姿で、じつに古様であることがわかります。
 檜(ひのき)材とされる一木造。両手などを別材とするのみで、その大部分を一材から彫成しており、まさに一本の木材から彫りだしています。木芯は像のほぼ中心にあり、その木芯から一番離れている膝頭部までの年輪を数えると400以上にもなり、著しく目の詰まった材を選っていることがわかります。
 全身に黒漆下地を施し、金箔を前面部のみ置いていますが宝冠ともに後補(後世の補作)となっています。
 以上のように渦高い髻(けい)や異国的な眼差しなど、初期密教仏像の代表といえる京都神護寺・五大虚空蔵菩薩像や大阪観心寺如意輪観音像などの作風に近く、本像は木彫乾漆系に近いと考えられますが、純一木彫で表現していることが特徴といえます。
 以上のことから、本像は9世紀後半頃の造立になるものと推定することができ、仁和2年の西塔創建時期と符合していることから西塔の当初像と考える意見が多いようです。
 本像は平成4年2月に文化財保存の観点から霊宝館に収蔵されました。
http://www.reihokan.or.jp/yomoyama/various/garan/hall/saitho/002.htm

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