大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

空海と密教美術展  観る 考える -空海の業績

0-021.jpg
国宝「増長天立像」 平安時代 京都・東寺

 「空海と密教美術展」を今回、比較的じっくりと見て思うところメモしておきたい。主だった仏像についての感想は以下に記したので、ここでは本展の主人公、空海について少しく考えたい。

 空海という大天才については、司馬遼太郎『空海の風景』を学生のときに読んで以来、頭からはなれない。しかし、最近、その自伝ともいえる『三教指帰』(さんごうしいき、『日本の名著』1977年所収)を再読して、その強烈な自意識、すさまじいまでの研究心・探究心に改めて驚かされるとともに、これは自伝的小説であり、巧みにできた仏教教本(問答・評論集)であり、かつ見事な哲学思想論集であるとも思った。その文章力(福永光司訳)にも感心する。

 今回の展示では、この「三教指帰」の自伝的序文部分のないほかは、ほぼ同じ内容といわれる『聾瞽指帰』(ろうごしいき)が出展されている。その筆致は力強く読みやすく、これが三筆の筆跡かと瞠目する。


1-4.jpg
空海筆 国宝「聾瞽指帰」 平安時代・8~9世紀 和歌山・金剛峯寺蔵


 入唐から帰国後の経緯、その成果については昨年奈良での大遣唐使展でも多くの関連展示があり、これは以下のブログでも書いてきた。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことで、空海の巨大な影響力は、日本の仏教界を席巻するのみならず、平安京新政権の中枢にも即座に及ぶ。いきなり当時の「国教」になったと言っても過言ではないだろう。

大遣唐使展 1 <日米(中)の2観音菩薩像>http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-156.html
大遣唐使展 2 <京都安祥寺本尊 十一面観音像>http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-157.html
大遣唐使展 3 <仏像彫刻の逸品>http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-158.html
大遣唐使展 4 <東大寺大仏殿前八角灯籠火袋音声菩薩>http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-159.html
大遣唐使展 5 <和歌山 親王院 阿閦如来(金剛峯寺)他>http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-160.html
大遣唐使展 6 <聖徳太子>http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-161.html
大遣唐使展 7 <風水思想と平城京>http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-164.html

  空海が招来した密教(東蜜)の思想体系の中心は両界曼荼羅である。空海は唐から厖大な文物を持ち帰った。20年は研鑽するはずの留学僧はわずか2年で遍照金剛(へんじょうこんごう)の灌頂名をもって、いわば並ぶものなき高僧になって帰国した。しかし、それだけでは、朝廷との関係では20年を2年に自分勝手に切り上げて帰国した「契約違反」で下手をすれば罪人扱い、良くて譴責処分もの。
 そこを逆転。許されたのみならず、登用・重用されたのは、空海『請来目録』に記載があるとおり、両部大曼荼羅、経典類(新訳の経論など216部461巻)、祖師図、密教法具、阿闍梨付属物など圧倒的な物量の舶載品があればこそであったからではないか。業績評価としては、一人で何人分か、否、何艘分かの遣唐使実勢をあげたことになる。


1-17.jpg
国宝「神護寺両界曼荼羅」

 少し長い引用だが、以下は重要である。特に、この両部大曼荼羅の招来なくして空海の地位はなかったと思う。
 胎蔵界と金剛界とは、いわば磁石のSN両極のように<対>で存在し、そこにできる<磁場>の作用によって摩訶不思議の現象が発生するとでも譬えられようか。しかも、SN両極を理解しようとすれば、そこは高度な形而上学の世界が展開されており凡人の歯がたつところではない。儒教、道教、それ以前の大乗、小乗仏教にくわえて、当時の唐のコスモポリタリズムが凝縮されているわけだから、一種の宇宙論の解析にも似て、その知のぶ厚い集積はごく少数のエリートしか操作しえないものであったろう(否、もしかすると、いまにいたるまでそれは変わっていないかも知れない)。


【両部(=両界)曼荼羅】
 胎蔵曼荼羅(大悲胎蔵生曼荼羅)は「大日経」、金剛界曼荼羅は「金剛頂経」という密教経典をもとに描かれている。大日経は7世紀の中頃、インドで成立したものと言われ、インド出身の僧・善無畏(ぜんむい、637年 - 735年)が弟子の一行(いちぎょう、683年 - 727年)とともに8世紀前半の725年(開元13年)前後に漢訳(当時の中国語に翻訳)したものである。一方の金剛頂経は7世紀末から8世紀始めにかけてインドで成立したもので、大日経が訳されたのと同じ頃に、インド出身の僧・金剛智(671年 - 741年)と弟子の不空(705年 -774年)によって漢訳されている。なお、金剛頂経は、十八会(じゅうはちえ)、つまり、大日如来が18のさまざまな機会に説いた説法を集大成した膨大なものであるが、金剛智と不空が訳したのは、そのうちの初会(しょえ)のみである。この初会のことを「真実摂経」(しんじつしょうぎょう)とも言う。

 いずれにしても、「大日経」と「金剛頂経」は同じ大日如来を主尊としながらも系統の違う経典であり、違う時期にインドの別々の地方で別個に成立し、中国へも別々に伝わった。これら2つの経の教えを統合し、両界曼荼羅という形にまとめたのは、空海の師である唐僧・恵果(746年 - 805年)であると推定されている。恵果は、密教の奥義は言葉では伝えることがかなわぬとして、宮廷絵師李真に命じて両界曼荼羅を描かせ、空海に与えた。空海は唐での留学を終えて806年(大同元年)帰国した際、それらの曼荼羅を持ち帰っている。

 空海が持ち帰った彩色両界曼荼羅(根本曼荼羅)の原本および弘仁12年(821年)に製作された第一転写本は教王護国寺に所蔵されていたが失われており、京都・神護寺所蔵の国宝・両界曼荼羅(通称:高雄曼荼羅)は彩色ではなく紫綾金銀泥であるが、根本曼荼羅あるいは第一転写本を忠実に再現したものと考えられている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%B5%B7

 空海の統治能力の高さは、ここから発揮される。いわば急な国教化によっても、朝廷との距離は保った。平安京のゲートウエイ、南の要たる東寺をあたえられても、そこには安住せず、京都高尾神護寺、和歌山高野山金剛峯寺といった都から離れた山岳地に修業道場を構え、教義の研鑽、純化を怠らなかった。
 別の観点からは、空海の若き日の厳しい山野での修業経験があればこそかも知れないが、里の民(朝廷権力のおよぶエリア)と山の民(強力なアウトサイダー集団の存在するエリア)の双方の掌握が必要との冷徹な認識をもっていたことを意味しているのではないだろうか。役小角(えんのおづの)の後継者としての空海、そしてこれは最澄の生き方にも共通する。

 その一方で、うるさい既存のエスタブリッシュメントたる奈良の六宗との関係にも配意し、最澄のような一乗、三乗論争といった不毛な論戦に巻き込まれることもなかった。
さらに、両界曼荼羅的な世界を巨大な「舞台」とすれば、「大道具」たる仏像群(立体曼荼羅)から「小道具」たる法具(下記、三鈷杵など多数)まで周到な舞台づくりの投資、普及も周到にすすめることを忘れなかった。この点では物心両面からのアプローチに長けていたといえるのではないだろうか。


0000000-01.jpg
重要文化財 三鈷杵(飛行三鈷杵) (さんこしょ(ひぎょうさんこしょ))
伝空海所持 平安時代・9世紀 和歌山・金剛峯寺蔵

0000000-1.jpg
金念珠(きんねんじゅ) 伝空海所持 唐時代・9世紀 和歌山・竜光院蔵

 空海の業績は、あまりに広範にわたっており、伝説化されているものも多い。遺徳が大きかったゆえに、生前の行動が美化、神格化されたものも当然あるだろう。
 本業は別としても、いまでいえば、すべて「一流の」という冠つきで、気象予報士(降雨加持祈祷)、土木設計者(満濃池造成)、薬剤師(医方明ー医学・薬学に明るい)、鉱物探査者(水銀鉱脈等の発見)、民間教育の父(綜芸種智院創設)であり、結果的にお遍路(四国八十八箇所)という周遊観光を企画した旅行プランナーでもあった。
 そして、その伝説を可能としたのは、(謎、疑問もあるが)伝えられるところの空海の死(入定)の見事さにある。最後まで、己の人生を見事にプロデュースしえたがゆえに、密教=秘の有難さ、リアリティを高めることができたのではないか。それが本展を見終わっての帰路での愚考だった。


 天長8年(831年)に病を得た以降の空海は、文字通りみずからの命をかけて真言密教の基盤を磐石化するとともに、その存続のために尽力した。とくに承和元年(834年)12月から入滅までの3ヶ月間は、後七日御修法が申請から10日間で許可されその10日後には修法、また年分度者を獲得し金剛峯寺を定額寺とするなど、密度の濃い活動を行った。すべてをやり終えた後に入定、即ち永遠の禅定に入ったとされている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E6%B5%B7

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/tb.php/250-833391c8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad