大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

空海と密教美術展 空海について考える8 空海の思想  巨大な観念論

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 自然科学者が、たとえば物質の構造を解析しようとするとき、むしろ自然の摂理の偉大さ、底知れぬ不可知さに触れて、神を想起し、哲学的な思いに捉われるといったことがあると読んだことがある。
 空海の山岳修業時代を考える。その時代、すでに修験道はあった。修験の私度僧は、大自然のなかで、その過酷さと恩恵に日々ふれながら、生死を賭しての修業上、生き残るうえでの<術>を習得することは必須であった。理論的というより経験的であっただろうが、その営為が真剣であればあるほど、修験僧は結果的に、こうした自然科学者と同様な神秘の思いに身をゆだねたかも知れない。若き空海もその一人であったと思う。

 修験道で体得したことを自分でどう捉えるか。宗教的に、呪術的に深くはまっていく場合もあるだろう。しかし、空海はそうではなかった。空海は高級官吏になるべく、そのためにすでに儒教を学び、さらに道教にも関心を示し、仏教の経典も多く目にしていた。彼はこれを理論的・体系的に捉えようとする。

 空海は語学の天分にも恵まれていた(否、ここでも「天才的」だったのだろう)。中国語はマスターしつつあり、特に文章力には自信があった。加えてサンスクリット語も学習していたろう。これを本場唐で磨き、かつ自身の思惟を理論化・体系化することを課した。入唐求法(遣唐使への応募)はそのためには必須であった。

 空海の思想は『三教指帰』(その草稿たる『聾瞽指帰』は24才に脱稿している)でその骨格をつくり終え、『秘密曼荼羅十住心論』で完成をみたと言ってよいだろう。十住心論は、すでに触れたとおりその階序性に特色があるが、当時の思想をすべてランクしたということは、恐るべき知力と構想力あえばこそである。

 十住心論をおおきく4つに分けると、Ⅰ.仏教以前の世界観→Ⅱ.小乗仏教の世界観→>Ⅲ.大乗仏教、各派の比較→Ⅳ.密教の絶対性へ「上級化」していく組み立てであることがわかる。実に大胆なランク論である。

Ⅰ 仏教以前の世界観
1 自然状態たる異生羝羊(いしょうていよう)は性悪説的なドクサはあるが本能的な人心の段階
【儒教の段階】
2 愚童持斎(ぐどうじさい)で儒教の倫理観は評価するが、処世訓的な狭さも感じる
【インド哲学、老荘思想の段階】
3 嬰童無畏(ようどうむい)インド哲学や老荘思想。ここではじめて宗教心が芽生える

Ⅱ 小乗仏教の世界観
【無我の目覚めの段階】
4 唯蘊無我(ゆいうんむが)<顕教><小乗> 声聞乗の境地で事物の本質は存在しないと気づく。「無我心」
【自利的悟りの段階】
5 抜業因種(ばつごういんしゅ)<顕教><小乗> ここで小乗の限界に。すなわち、縁覚乗の境地で自分自身の迷いはなくなるけれど、他者の救済にまではいかない。「自利的」

Ⅲ 大乗仏教、各派の比較
【大乗>小乗の階序性の立論】
6 他縁大乗(たえんだいじょう)<顕教><大乗> 「法相宗」の修行者 全衆生救済の大乗仏教の第一歩「利他的」
【三論宗>法相宗の階序性の立論】
7 覚心不生(かくしんふしょう)<顕教><大乗> 「三論宗の修行者」重要なのは「空の境地」(空海の「空」)
【天台宗>三論宗の階序性の立論】
8 一道無為(いちどうむい)<顕教><大乗> 天台法華の教え「生命観」
【華厳宗>天台宗の階序性の立論】
9 極無自性(ごくむじしょう) <顕教><大乗> 華厳宗の教え「価値観」重要なのは「海の境地」(空海の「海

Ⅳ 密教の絶対性
【密教>顕教の階序性の立論】
10 秘密荘厳(ひみつしょうごん)<密教><大乗> 大日如来の教え 真言密教の境地「絶対観」

 洋の東西の違いはもちろんあるけれど、空海の知識の凝縮さではアリストテレスを連想し、また巨大な観念論的な体系性では「後の」ヘーゲルを想起させるものがあると思う。

(参考データ)

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  空海の思想についての本を手にとっているが、いま一番参考にしているのは、『空海』 (KAWADE 道の手帖) 河出書房新社 (2006/1/21) である。ネット検索でこれはと思うのは、「エンサイクロメディア空海」というHPである。
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-connoisseur/post-239.html

「エンサイクロメディア空海」では「空海の目利き人」というコーナーがあり、以下の人々の文章が紹介されているが、実は、双方で重なる論考がある(以下★をつけた)。いずれも読み応えのある重量級のもの。以下はその一覧。

★井筒俊彦「意味分節理論と空海-真言密教の言語哲学的可能性を探る」
(『意味の深みへ』岩波文庫、2004年 所収、抜粋)

★安藤礼二「空海入門」
(上記、道の手帖『空海』-世界的思想としての密教(河出書房新社)より抜粋)

 湯川秀樹「不思議な人物」
(『弘法大師空海-密教と日本人』和歌森太郎編著、1973年)

★内藤湖南「弘法大師の文芸」
(講演「弘法大師の文芸」抜粋、内藤湖南、1912年)

★岡倉天心)「花」
(抜粋、『茶の本(英文収録)』岡倉天心、講談社学術文庫、1994年)

★幸田露伴「文学史にあらわれたる弘法大師、文学上における弘法大師」
(講演「文学史にあらわれたる弘法大師」抜粋、幸田露伴、1909年)

 菊地 寛「弘法大師」(『空海曼荼羅』夢枕獏編著、2004年)

 岡本かの子「即身成仏義より」(『総合仏教聖典講話』岡本かの子著、1934年)

★南方熊楠「明治36年、数多くの往復書簡を重ねた高野山金剛峯寺の土宜法竜への書簡(禅を口にした土宜法竜への痛烈な批判が見える真言曼陀羅論、抜粋)

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