大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

東大寺法華堂須弥壇 新発見!

東大寺二月堂本尊

【以下は引用】

東大寺の四天王像、元は法華堂に安置?

 奈良・東大寺の戒壇(かいだん)堂にある天平彫刻の傑作、四天王像(8世紀、塑像〈そぞう〉)など7体の国宝仏が、同寺最古の仏堂、法華堂(三月堂、国宝)の八角須弥壇(しゅみだん)に置かれていた可能性が高いことが、台座の痕跡からわかった。同寺の森本公誠(こうせい)長老が30日、東大寺ミュージアムの開館記念講演会で明らかにした。不明だった四天王像の「出自」が判明するとともに、法華堂の創建当初、計8体の仏像がひしめいていたことになる。

 木造の須弥壇は、八角形の下段(幅6メートル)に同形の上段(同4.5メートル)が載る。2010年に修理が始まるまで、上段にいずれも8世紀の国宝で、本尊の不空羂索(ふくうけんさく)観音像(脱活乾漆造〈だっかつかんしつづくり〉)と日光・月光(がっこう)両菩薩(ぼさつ)像(塑像)、下段に厨子(ずし)入りの執金剛神(しゅこんごうじん)像(同)の計4体が安置されていた。

 森本長老によると、1996年以降の調査で、下段に7体分の台座跡を確認。いずれも幅83センチ前後の八角形で、戒壇堂の四天王像(持国〈じこく〉天、増長〈ぞうちょう〉天、広目〈こうもく〉天、多聞〈たもん〉天)や日光・月光両菩薩像、執金剛神像の台座と一致した。各像がどの台座跡に対応するかは、仏像の配置の決まりも考慮しながら調べる。執金剛神像は当初、厨子なしで安置されていたとみられる。

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台座跡を確認東大寺の境内図
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法華堂八角須弥壇の配置

法華堂 本尊ぐるっと7仏像 須弥壇に台座跡…東大寺

 奈良市の東大寺法華堂(三月堂、国宝)の仏像を安置する「須弥壇しゅみだん」(解体修理中)に、奈良時代の創建当初とみられる仏像8体分の台座跡が残っていることがわかった。これまでは本尊・不空羂索けんさく観音立像、日光・月光がっこう菩薩ぼさつ立像、秘仏・執金剛神しゅこんごうじん像の国宝4体を安置していたが、新たに見つかった台座跡が同寺戒壇院の四天王像(持国じこく天、増長ぞうちょう天、広目こうもく天、多聞たもん天=国宝)とほぼ一致するため、同寺は創建当初にこの計8体が須弥壇上に配置されていた可能性が高いとしている。

 須弥壇は八角形の2段重ね(幅は上段約4メートル、下段約6メートル)で、修理前まで上段に不空羂索観音、日光・月光菩薩の3体を並べ、後ろに執金剛神を置いていた。今回の調査で、新たな台座跡が見つかったことで、創建当初は上段に不空羂索観音の1体を置き、下段は日光・月光菩薩、執金剛神と四天王像の計7体が取り囲んでいたとみられる。不空羂索観音の前には供物台のような痕跡もあった。

 四天王像は奈良時代に作られた塑像そぞうで、江戸時代から戒壇院にある。不空羂索観音、日光・月光菩薩の3体は、今月開館した境内の東大寺ミュージアムで公開中。執金剛神は法華堂内に安置されている。

 同寺長老の森本公誠・総合文化センター総長は「本尊の正面に供物台を置き、周囲に7体を並べた可能性が高い」と話している。

 文化庁美術学芸課の奥健夫・主任文化財調査官は「日光・月光両菩薩立像は守護神の梵天ぼんてん・帝釈天たいしゃくてん像として作られた可能性がある。本尊を守るため、7体を周囲に並べたのではないか」としている。

(2011年10月31日 読売新聞)

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法華堂の須弥壇(東大寺提供)

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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