大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

快慶について考える2

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 運慶の「経綸」の才は、快慶との役割分担によって可能となった。すでに、運慶については本ブログのほか別ブログでも書いてきた。

運慶考10 運慶について<インデックス>
http://blog.livedoor.jp/shokkou/archives/1906537.html

また、快慶については以下のとても参考になる記述もある。
http://www.pauch.com/kss/g009.html

 運慶は東国の武士、すなわち当時の新興権力者(かつスポンサー)を担当した。いわば東上作戦を総帥した。一方で快慶は、クライアント中でももっとも重要な東大寺の重鎮、重源を後ろ盾として南都から周防にいたる勧進(金集め)のための強力な戦力であった。つまり西進作戦を重源とともに実行した。
割り切って単純化すれば運慶と快慶の役割分担とは、かたや東に、こなた西に展開。かたや武士とともに、こなた僧侶とともに飛躍することにある。

 <チーム運慶>、<チーム快慶>はこの2人の棟梁のもと、運慶の子息をはじめすぐれた弟子の「脇仏師」をもって編成されたが、プロジェクト毎に、編成替えもあったろう。共通する慶派の特色はそうした脇仏師の存在によって生み出され、また棟梁の関与の強度によって、運慶風、快慶風により変化したかも知れない。ここが実に面白い。

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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