大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

仏さまと代表作 釈迦如来 法隆寺金堂釈迦三尊像

法隆寺釈迦三尊N1

<映像でみる釈迦如来>

◆法隆寺 釈迦三尊
http://www.youtube.com/watch?v=IXH9WzXc7pE&feature=related
◆法隆寺 金堂の諸仏
http://www.youtube.com/watch?v=bnRkjBhJ0lg&feature=fvwrel

◆西大寺 釈迦如来立像
http://www.youtube.com/watch?v=iloIAkqieSE
◆室生寺 釈迦如来立像
http://www.youtube.com/watch?v=vQVVnJXR6Tc&feature=related
◆願興寺 釈迦三尊
http://www.youtube.com/watch?v=Pj9N1EsvgVo&feature=related
◆穴太寺 なで仏(釈迦涅槃像)
http://www.youtube.com/watch?v=nPgTTSkPdII&feature=related

【以下は本ブログの再掲】

法隆寺金堂釈迦三尊像について考える

【釈迦三尊】
 仏像配置の1形式である三尊仏の一種。釈迦如来を中心に,左に薬王菩薩,右に薬上菩薩,または左に文殊菩薩,右に普賢菩薩を配する。
  法隆寺金堂の本尊である釈迦三尊像は,鞍作鳥(止利仏師)が623年につくったものといわれ,左右対称の厳格な構成など,飛鳥彫刻の特徴を示す代表作であり国宝。

【鞍作鳥】
 7世紀初ごろ飛鳥時代の代表的な仏像彫刻師。渡来人で仏教をつたえたといわれる司馬達等の孫で,止利仏師ともいわれ,聖徳太子に用いられた。その作風には中国の北魏の影響が見られる。代表作に法隆寺金堂の釈迦三尊像がある。「鳥」は「止利」とも書く。

http://kids.gakken.co.jp/jiten/3/30024490.html

 さて、この釈迦三尊像については、恐るべきシンメトリーさが隠されている。その点を学生時代に少しく書いたことがある。また、光背などにみる文様分析もその時に囓った。意匠を見抜くには図版のほうが良い場合もあるが、法隆寺金堂から上御堂へ移座された釈迦三尊像をこの目でいくども観察して、その尊顔の素晴らしさに魅入りながら、この仏様には「稚拙さ」などとはほど遠い完成度が秘められていると感じた。止利(工房)の渾身の作であったことは間違いないが、この釈迦三尊と同じ(ないし類似)タイプの、より巨大なものも別に鋳られ、炎上前の(旧)法隆寺に鎮座したかも知れない。何故なら、同じ止利(工房)の飛鳥寺の釈迦仏の大きさとこの釈迦三尊の大きさは、「丈六」と言われてもあまりにも合わない。後者は抜群に優れているがあまりに小さく見える。
 鋳造された年月を信じるとしても、これはいまの法隆寺金堂のために造られたのではなく、有力な関連寺院に置かれた客仏で、金堂建立(再建)時に移設された可能性が高いというのが小生の勝手な意見であり、これについては以前も書いた。
 一種の<サンプル作>であるとすれば、あらゆる意味でさまざまな意匠を実験、積載しており、だからこそシンメトリーさや文様だけでなく、当時の粋を結集している、また、鋳直しの謎も解明できるのではないかと思う次第である。
 様式論にはあまり興味がないが、その尊顔の厳しさとともに角度によってかいま見せる慈しみの優しさ、また、後世の剥落の影響からか、全般に漂うほの寂しさなどの<複雑な印象>は、生前の聖徳太子を写したという伝説にリアリティを与える。その一方、険しくも高貴なお顔からは、既に人心をこえた超越的なものを感じさせずにはおかない。<神>を鋳てさらに仕上げて彫ったと言ってよいと思う。
 なお、語るべき点は多いけれど、いままでに心に浮かんだ感想のひとつの凝着である。

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-97.html

(上記文章に先立って書いた文章)
 法隆寺金堂の須弥壇が修理中ということで、いまは釈迦三尊像と薬師如来座像が上御堂に「緊急避難」しておられる。普段は金堂の暗闇のなか、遠方から懐中電灯を照らして、なんとか拝観できるこれらの仏様が、この期間中は上御堂の前面におわし、白日のもとおそば近くで接することができる。

 時間のたつのも忘れてじっと凝視していたが、突然、ある疑問が湧いてきた。法隆寺再建・非再建論争は措くとしても、この釈迦三尊像は、かっての、あるいはいまの金堂ができたとき、本来の「あるべき」ご本尊として造られたのかどうかについての問いである。私は金堂の内陣の大きさや脇侍の像高のある四天王に対して、不釣り合いにあまりに「小さすぎる」のではないかと思ったーーこの感覚は、お側近くに接してはじめて今回もつものであった。イマジネーションが増し、それ以前のどこかの極めて所縁のある寺院から運ばれた<客仏>ではないか・・・。

 少なくとも当初、若草伽藍におわしたご本尊は、いまの飛鳥寺(旧法興寺)の釈迦如来像と同様な「丈六」の仏様でなければ据わりが悪いのではないか。また、若草伽藍が焼失した際に、本来の、あるいはいまの釈迦三尊像を機敏に運び出せたとは常識的にはとても思えない。よって、若草伽藍とともに当初造像され仏様は灰燼に帰した可能性が高く、その後、建立された現在の伽藍にあって、金堂にふさわしい本尊をもっとも近しいお寺から運んできたのではないかと思った次第である。これは、上原和氏がかって指摘されていた視点とも符合する。

 一方、高田良信編・著の『聖徳太子の生涯と信仰』法隆寺刊 1995年を読んでいると、再建された頃の法隆寺の懐具合はけっして楽ではなかったようだ。しかし、高田師は上記のような見解はとられておらず、若草伽藍があった時代に同時併行的に現堂宇の建立ははじまっており、釈迦三尊像も古い時代に造像され、新金堂には運ばれたとのご意見だが、仮に十分な資金がなかったとすれば<客仏>説にも一定の合理性はあるようにも思う。

 よく尊顔の表情の厳しさなどの様式史から、釈迦三尊像は早い時期に造像され、薬師如来像はそれとの対比で時代が下るとの説もなされるが、釈迦三尊像の二等辺三角形を徹底して意識した構図や、本尊と両脇侍の目線の位置の絶妙なバランス感覚などでの秀でた意匠性は、<プリミティブさ>からは無縁であり、様式史をもって単純に年代が遡るとは言えないと思う。銘文は重視しつつも、このあたりはもっと考えを巡らす必要がありそうだ。

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-58.html

(さらに、それ以前に書いた備忘録)
 法隆寺釈迦三尊に注目してみよう。
 これについて詳述しているのは<望月:前掲書>である。飛鳥彫刻の源流には2系譜があり、釈迦三尊を北魏系とし、それに対して百済観音を南梁系として両者の特色を大陸の事例との比較で検討していく。釈迦三尊の北魏系は、磨崖仏の伝統から「浮彫」的な技法にあり、一方、百済観音の南梁系は「丸彫」りを特色とする。そこから前者には正面観照性があるとされ、後者は背面を含むあらゆる角度からの観賞にたえるとされる。
 <望月>は、飛鳥時代の2系譜のうち前者は大陸の完全模倣、後者は日本的な展開の萌芽といった分類で論陣をはっているが、これは戦中の意識を色濃く反映しているようにも思う。即ち、大陸模倣(釈迦三尊)よりも日本的な特質の源流(百済観音)を上にみる見方である。それは第5章の結言にも読み取ることができる。

 <佐和>では驚くべきことに釈迦三尊についての記載がほとんど存在しない。止利の確定現存作を飛鳥寺釈迦如来像に限定し、徹底的な資料考証からのみ検討を行っている。日本書記を読み込んで、そこからの事実認定で作品の時代を特定していく方法論をとっているが、それはそれで面白い。しかし、釈迦三尊についてほとんど無視する姿勢は専門家としてはやや狭量にすぎる感は否めないだろう。

 <和辻>も、<佐和>と同じく釈迦三尊をほとんど記載せず百済観音に多くの紙幅をさいている。さらに<吉村>は釈迦三尊を全く取り上げていない。それに対して<亀井>は<望月>的なアプローチを参考にしながらも、こうした様式論、文献史学に対して一定の否定的な見解を示し、資料から止利の人間的な謹厳実直さを垣間見ようとしている。<竹山>はここでもユニークな見解で、堂宇で遠くから目視する釈迦三尊と写真で近接してみる違いから印象論を展開していく。

 <野間>は時代が下った論文であり、それ以前の論点を整理していく。まず、<望月>のように飛鳥時代に2系譜を並立させるのではなく、南梁系の諸作を後の白鳳時代の作としてここに時間差を置いている。また、<佐和>のような文献接近の方法論も意識しているが、実はこの背後には有名な法隆寺再建、非再建論争がある。両陣営に分かれた大論争の渦中にあっては、時代考証に当時慎重な見方があったとしても仕方がなかったかも知れない。これについては次の事実が最近、確認されている。


 「2004年(平成16年)、奈良文化財研究所は高精度デジタルカメラ(千百万画素)で撮影した画像による年輪年代測定の結果を発表した。それによると、法隆寺金堂、五重塔、中門に使用されたヒノキやスギの部材は668年(天智7) - 685年(天武14)ころに伐採されたものであるとされ、法隆寺西院伽藍は7世紀末の再建であることがあらためて裏付けられた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E9%9A%86%E5%AF%BA 

 自分は、素人ゆえに仏像への根本的な見方では<亀井>に共感するが、好きな仏様と邂逅すれば、より知りたくなるのも当然。その意味では<野間>の見解が素直でもっとも参考になる。
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-10.html

(参考)
NHK/法隆寺展特集
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-82.html

国宝 法隆寺金堂展
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-83.html

法隆寺再建の謎
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-98.html

NHK 法隆寺
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-178.html

法隆寺を歩く
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-185.html

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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