大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

蟹満寺釈迦如来坐像 研究進む

蟹満寺

最近読んで、注目される記事。本像については「飛鳥・白鳳彫刻の魅力(5) 蟹満寺釈迦如来座像」でその感想を書いた。下記の記載にははっきりと書かれていないが、別の記事によれば、本像は当初からここに鎮座された可能性が高まったとのこと。

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-59.html

【以下は引用】

謎の仏像 2度焼けた? 科学的手法で解明進む 蟹満寺釈迦如来坐像

産経新聞 1月21日(土)14時56分配信

 奈良・薬師寺の薬師如来坐像(ざぞう)と並ぶ古代金銅仏の傑作、蟹満寺(かにまんじ)釈迦如来坐像(京都府木津川市、国宝)に初めて科学のメスが入った。小さな寺で約1300年にわたって守られてきた「謎の仏像」。薬師寺の像とほぼ同じ大きさながら、重さは半分しかなく、炭素14年代測定では西暦700年前後に造られたとのデータが明らかになった。(渡部裕明)

 釈迦如来坐像は高さ約2・5メートルの、いわゆる丈六(じょうろく)像。金箔(きんぱく)がわずかに残り、かつては銅に金を貼り付けた姿だった。

 本堂改築を機に、三船温尚(はるひさ)・富山大教授(鋳造技術史)や奥健夫・文化庁主任調査官(仏教美術史)らが調査を実施した。鋳造技術や炭素14年代測定、3次元レーザー計測、蛍光X線成分分析、考古学などの分野で、成果は先月末、『蟹満寺釈迦如来坐像-古代大型金銅仏を読み解く』(八木書店)として出版された。

 ◆700年ごろ造立

 調査成果によると、像は重さが約2・2トンで、2度にわたって火災を受けたらしいこと、また右手の像内に残った土の炭素14年代測定によって7世紀後半から8世紀半ばにかけて造立された可能性の大きいことが分かった。

 大型の金銅仏は材料の銅や金が高価なため、官営の工房でしか制作できなかったと考えられている。現在の蟹満寺には不似合いなほどの巨像で、いつ誰によって造られたか、移されたのならどこにあったかなど多くの説が出されている。

 ◆薬師寺像より軽く

 薬師寺像の重さは約4・9トンで、蟹満寺像の倍以上と判明した。三船教授は「有名な山田寺仏頭(ぶっとう)(興福寺蔵、国宝)も蟹満寺と似て肉厚は薄い。薬師寺像の重さがむしろ異常だ」と首をかしげる。

 また、奥調査官は「橘諸兄(たちばなの・もろえ)(684~757年)が創建した井堤寺(いでじ)跡(京都府井手町)は蟹満寺にも近く、最近の発掘調査で官寺級の遺構が見つかっている。井堤寺の本尊だったとする説は魅力的だ」と話している。

【メモ】蟹満寺

 奈良市の北約10キロにある真言宗の寺。発掘調査で7世紀末に創建されたことがわかった。『今昔物語集』などに、蟹を助けた娘に蟹が恩返しをする説話も残っている。

 ◆謎に迫る貴重な成果

 根立研介・京大教授(日本彫刻史)の話「蟹満寺像はその大きさとすばらしさに比べて由来が不明で、不思議な仏像の一つだ。今回の調査では多くの科学的データが得られており、謎に迫る貴重な成果といえる」


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120121-00000117-san-soci

『国宝 蟹満寺釈迦如来坐像: 古代大型金銅仏を読み解く』については次のとおり。

【以下は再び引用】

 なぞの金銅仏はいつ、どうやって造られたか 約700点の図版収録! 薬師寺像との先後関係など、仏教美術史に再検討を促す! 彫刻史上の傑作のなぞに迫る! 白鳳から天平にかかる数少ない古代大型金銅仏

刊行の意義   奥 健夫(文化庁)  
 蟹満寺釈迦如来像は薬師寺金堂薬師三尊像とともに古代大型金銅仏の遺品としてよく知られた作例であり、現在127件を数える彫刻の国宝指定物件の一つとして、文字通り日本を代表する彫刻作品である。  
 しかしながら本像に関する研究は決してこれまで多くない。それは本像が重要視されていないからではなく、本像を考える手掛かりが乏しいことによる。すなわち本像は蟹満寺に後世に移坐されたとされ、原所在地について諸説があり、その製作事情について確かなことはほとんど何もいえない状況にあった。然るに近年、蟹満寺境内発掘調査により本像が7世紀末頃に建てられた蟹満寺の本来の本尊であった可能性が提示され、それに関して反論も行われるなど議論が活発化している。 
 様式からいえばその製作年代は、7世紀後半から8世紀半ばまでの間とみられるが、その中のどこに置くかについては説が一定していない。 
 本像を論じようとするとき常に問題となるのは、本像とならぶ丈六金銅仏の遺品で、かつ像容が類似する薬師寺金堂薬師三尊像の中尊像との関係であり、この点についても薬師寺像より前に置く見方と、同像より遅れるとする見方が対立している。  
 今回行われた鋳造技法を主とする調査研究ではこれらの点について考えるうえで大きな手掛かりを提供する知見がいくつか得られた。まず蟹満寺像の重量が薬師寺像よりはるかに軽い2172kgであり、銅厚が体部の主な箇所で2~3cmほどと、非常に薄手に造られていることが挙げられる。鋳掛けにより顔立ちを修整していることが知られたのも注目すべき知見である。さらにいくつかの点から本像が?型ではなく土型で造られた可能性も示されるに至っている。調査結果の分析は慎重になされるべきであることはいうまでもないが、本像と薬師寺像との関係について従来の考え方に再考を促し、本像の美術史上の位置付けに大きく寄与するデータが得られている。そしてそれは日本彫刻史上、最大の問題の一つというべき薬師寺像論争の行方にも影響を与えるものとなろう。(本書「仏教美術史から見る調査意義」を抄録)


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テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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