大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

円空 東京国立博物館 特別展

円空仏

 円空の大規模な特別展が東京国立博物館で開催されている。これについては、すでに昨年9月に以下で一度、上記写真とともに取り上げた。

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-333.html

 東博のHPでは展示作品の紹介をふくめ、詳細な情報が公開されている。

http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=3390

 以下では円空についての若干の備忘録をメモしておきたい。円空と木喰についてはかつて、こう書いた。
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 円空と木喰ーこの二人は、官寺や大寺につかえる身ではなく、一介の私度僧であり、全国を行脚して、訪れる地で様々な仏さまを、当地の神聖なる木にエネルギッシュに刻み残した。本来、仏さまなどを持ち得ない貧しい地方、多少の財力はあっても僻地で仏師などに無縁な地方で、こうした仏さまは崇め奉られ大切に保存されて今日にいたる。
 いまもその生き生きとした表情は胸を打つ。当時において、これ以上の貴重品はなかったろうし、円空、木喰とも、もしかすれば彼の地の土を二度と踏むことないという可能性があった。だからこそ一期一会の緊張感がその仏さまに宿している。    
 二人ともに、行く道々でさまざまな出合いがあり全国の事情に通暁していたろう。その経験談、苦労譚、あるいは何気ない挿話は大いに魅力的であった。それは、生まれ落ちた地からの移動を知らぬ人々にとっては、遙かな「異国」の動向として聞き入ったかも知れない。そして、残された仏さまは、造像した仏師の強烈な印象とともに新たな逸話を生み出していく。

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2010年09月09日「仏像は深い6 円空と木喰」 http://blog.livedoor.jp/shokkou/archives/1846210.html

 円空はいまや日本の仏像彫刻でもっとも広くファンをもつ存在の一人であり、その偉業はほぼ定期的にさまざまに取り上げられている。NHKの特番でも2010年によい番組(「仏像革命~円空の祈り~」)があったことも記憶にあたらしい。

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-176.html

 小生の円空体験も学生時代にさかのぼるが、数年まえに以下の丸山尚一氏の本を読んで、その奥深さについてあらためて勉強した。
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 円空、木喰は根強い人気があり、いまでも全国で展覧会が催され目にする機会は多いのですが、丸山尚一『生きている仏像たち 日本彫刻風土論』(読売新聞社 1970年)を読んで、なぜ日本各地に円空仏、木喰仏があるのかについて、各地の当時の「経済力」と強い関係があることを、丹念なフィールドワークの成果から知り納得しました。それはたとえば、北海道の鰊が江戸時代いかに大切な資源であったかを認識する機会でもあります。
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2011/01/01 謹賀新年 http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-209.html

 その一方、いわゆる日本美術史(彫刻史)といった「エスタブリッシュメント」の見方からは、円空は位置づけに戸惑う難物であるようだ。鎌倉時代以降、日本彫刻は一方的な衰退過程ととらえる「泰斗」の見解からは、円空はあくまでも異端である。また、国宝の認定も仏像彫刻に関する限り、今日まで鎌倉時代でとまっている「固陋」の発想からは、どんなに素晴らしい円空仏も<無冠>のままである。

 そうした点のおかしさを認識させる円空の強烈な存在について、本格的な論陣をはった学者として本間正義先生がいる。本間正義『円空と木喰 日本の美術35』(1974年 小学館)はいまも小生の参考書だが、当時の肩書きは東京国立近代美術館次長であり、日本彫刻史はメインのご専門ではない。もちろん、はやくは久野健氏はじめ、日本彫刻史の専門家のあいだでも円空、木喰、目定などは今日鋭意研究されていることと思うが、いささかジャンルを異にする丸山尚一、本間正義といった方々の文章のほうに、円空の素晴らしさが息づくと思うのは小生だけであろうか。


 もう1冊、小生座右の本は棚橋一晃編、栗原哲男撮影『円空佛』(1972年 鹿島出版社)である。オムニバス形式でさまざまな文化人などが円空の魅力を語っているが、彫刻家本郷新氏の論考は、いつもながら核心をついていると思う。1961年1月『美術手帖』183号からの転載だが、その終結の1文を引用しよう。
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 「円空の彫刻には峯があらわに出ている。草木の多い円い山ではなく、岩石のきりたった山岳の大きな尾根や小さい尾根が組み合っていて男っぽい。だから見ていて気持ちがすっきりする。良いものになると、山に向かって襟をただすと同じ思いが起こってくる。ここまでくると技と心は一つになる。偉い人である。(前掲書p.61) 
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 最後に安価で比較的新しい冊子を参考としてかかげておきたい。東博見学向けにはハンディでよいと思う。

 (参考)
「週刊 日本の仏像」【第39号】 円空仏と飛騨 大師講の虚空蔵菩薩 (岐阜)
 講談社 2008/03/20 

◆内容紹介
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円空仏と岐阜・大師講の虚空蔵菩薩
飛騨・千光寺に伝わる円空晩年の傑作の数々
鉈一丁を持ち全国を行脚した円空上人の足跡をたどる
白山信仰ゆかりの虚空蔵菩薩と岐阜に伝わる名宝の数々

◆目次
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両面宿儺像と人間との対比 人々を魅了する円空仏
原寸大ギャラリー
ふるさと岐阜・千光寺の円空仏
円空仏を読み解く
円空の足跡――遊行と造仏の生涯
至極の一枚
両面宿儺像と同時代の人物列伝(10) 徳川綱吉
その頃世界は……
虚空蔵菩薩坐像と人間との対比
虚空蔵菩薩と山岳信仰
原寸大ギャラリー
美濃・珠玉の仏像
石徹白大師講・那比新宮神社・美江寺・高賀神社・長瀧寺・願興寺・横蔵寺
岐阜の寺社めぐり
千光寺境内拝観コース/千光寺の歴史
みほとけのこころ
秩父三十四ヵ所巡礼
大人でも子供でもよくわかる仏像の見方

http://www.bmshop.jp/cgi-bin/bms/item.cgi?item_id=nihonb_039&ctg_id=nihonbutuz&page=2
円空2
両面宿儺坐像 りょうめんすくなざぞう 江戸時代・17世紀 岐阜・千光寺蔵 総高86.9cm

円空1
三十三観音立像(部分)さんじゅうさんかんのんりゅうぞう 江戸時代・17世紀 岐阜・千光寺蔵 総高61.0~82.0cm

円空3
千光寺 野外仏

円空4
千光寺 円空仏

円空5
柿本人麿坐像 かきのもとのひとまろざぞう 江戸時代・17世紀 岐阜・東山神明神社蔵 総高50.2cm

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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