大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

東慶寺へ行く

水月観音菩薩半跏像
神奈川県指定文化財 鎌倉時代・13世紀 像高34.0cm 木造、金泥塗・彩色、玉眼

【以下は引用】

岩にもたれてくつろいだ姿勢をとる観音像。同様の姿は水墨画に多く、水月観音、楊柳(ようりゅう)観音、白衣(びゃくえ)観音などの名前がある。この像は水面に映った月を見る姿と言われる。こうしたくつろいだ姿の観音像は、中国の宋から元時代に大流行した。観音は補陀洛山(ふだらくせん)というところに住むと言われるが、中国では山と言えば仙人のいる場所である。観音と仙人が重ね合わされた結果、仙人特有のポーズを観音がとることになったと考えられる。 中国で大流行したのに、日本では鎌倉周辺にしか見られない。おそらく保守的な京都では菩薩にふさわしくないとして受け容れられなかったのだろう。これに対して、鎌倉は中国風をより積極的に受容したことがわかる。 かつては室町時代あるいは南北朝時代の作とされていたが、頭髪や衣の写実的な表現がみごとで、鎌倉時代も13世紀の作と見られる。東慶寺開山、北条時宗夫人の覚山尼にかかわる遺品である可能性もある。銅製の冠、胸飾などは後世補われたもの(東慶寺HP)
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「東慶寺仏像展2014」が4月23日(水)まで、東慶寺の松岡宝蔵で開催されている。午前9時30分から午後3時30分まで、会期中は無休。入館料300円(入山料は別途)。

 期間中、常設展示の「聖観音菩薩立像(重要文化財)」のほか、同寺20世住職天秀尼の念持仏「阿弥陀如来立像」や「香薬師如来像」、「観音菩薩半跏像」などが展示されている。また、3月27日(木)まで限定で通常「水月堂」で特別拝観としている「水月観音菩薩半跏像(県指定文化財)」の特別展示も。

 3月30日(日)には東京国立博物館の浅見龍介氏を招いて講演会を行う予定。午後1時から2時30分まで、予約制。
 予約や問合わせは【電話】0467・33・5100東慶寺へ。
http://www.townnews.co.jp/0602/2014/02/14/225343.html

  浄楽寺のつぎに東慶寺に立ち寄る。この季節は寺内に点在する有名な紅梅、白梅とともに、鎌倉を代表する見どころである。松岡宝蔵(宝物館)は、ふだん月曜日は休館ながら「東慶寺仏像展2014」の期間中は幸い開いている。尼寺に似つかわしい清潔で瀟洒な小館はとても居心地がいい。鎌倉らしい凛とした佇まいは訪問者にとって清清しいおもてなしだ。

 特別拝観で水月観音菩薩半跏像に久しぶりにお会いする。鎌倉では、江ノ島の艶麗な弁財天様と人気を二分する(?)美形の仏さまである。しかし、照明(この場合は自然光)と見る角度(仰角)によって、受ける印象は異なる。近くで拝観できるメリットはあるけれど、残念ながら、ご尊顔をつぶさに拝見するには照度が足りない気がした。

【光と仰角】
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-192.html

【江ノ島弁財天】
http://blog.goo.ne.jp/tomotubby/e/c7de4ee8900eec3980543af9b22ca7e0

 お顔の中性的な威厳(あるいは諦観)と胴体部の女性らしい艶かしさがアンビバレントである。造像的には見事な一体感がありながら、受ける印象は複雑で相克的と言っても良いかも知れない。だからこそ、訪れる女性の多くの支持と共感があるのかも知れない。男性に人気の江ノ島の弁財天様とは、その意味でも対極の存在である。
 遊戯観音ではほかに名品がある。北條寺聖観音像である。下記を参照されたい。


北条寺遊戯観音4


【以下は引用】
北條寺本尊・観音菩薩半跏像[かんのんぼさつはんかぞう](県指定文化財)。半跏とは半跏坐[はんかざ]の略で、両足を組む結跏趺坐[けっかふざ]から、片足のみ崩して下ろす坐法。結跏趺坐は足裏を上にして反対側の膝上に乗せて組むのが正式だから、本像のように右足が左膝に乗らない形は、厳密には遊戯坐[ゆげざ]と呼ぶべきだが、これも含めて半跏像ということが多い。ところで遊戯坐は日本の古い仏像にはあまり見られず、中国宋時代の観音像に多い坐法。
 本像の腹部に裙[くん](巻スカート)の結び目が見えるのも、衣の裾が複雑な衣文[えもん]を見せながら長く垂れ下がるのも宋風である。これらの特徴は、宋からもたらされた仏像や絵画の表現を学んだもの。大陸文化への憧れを背景に、宋美術の強い影響を受けて鎌倉後期から南北朝時代の鎌倉を中心に流行した造形で、本像もこの頃の像と考えられる。
 伊豆の地誌「豆州志稿」は、本像は天竺[てんじく](インド)から中国に渡った伽羅木[きゃらぼく](香木)の像で、遣唐使として渡唐した智証大師(円珍[えんちん])が日本に持ち帰ったと記す。この記述を事実とは認め難いが、本像の異国的な姿が生んだ伝説だろう。
出典:http://izu-np.co.jp/feature/news/20130414iz0003000126000c.html

インドに源流がある遊戯観音。参考までにインド博物館蔵の良い画像があるので以下に添付。

インド博物館蔵 遊戯坐
出典:http://www.ne.jp/asahi/y-sakai/fukui/sub28.html

アメリカのネルソン・アトキンズ美術館にも中国:水月観音像として以下のたおやかな像があるようだ

ネルソン・アトキンズ美術館所蔵 中国水月観音像

出典:http://blog.livedoor.jp/ishizueblog/archives/51766420.html

  さて、ここで思いがけず遭遇した木心乾漆造、漆箔、奈良時代の如来坐像(内田満氏寄贈)が小ぶりながら優作だった。唐招提寺の諸仏を連想させるが、小仏でありながら堂々とした存在感がある。残念ながらネットで画像が見つからなかったが、「試みの大仏」同様の大像を念頭においた試験作かも。顔を寄せて細見するが、古くからの念持仏であったか、あるいはコレクションものの寄贈であったか。

香薬師如来像

[出品作品より]
奈良新薬師寺に伝わった銅造香薬師如来像は白鳳時代を代表する傑作のひとつであるが、昭和18年盗難にあい今に発見されていない。 時の住持の悲嘆を見かねて、東大寺の上司 海雲師が文芸春秋社長 佐佐木茂索氏に話し、氏もこれに同情し、幸いに寺にこの立像の石膏模型のあるのを利用し 昭和25年に3体の模造を鋳造、一体を新薬師寺に寄贈し、一体を国立博物館に、もう一体を佐佐木家に所蔵したが、27回忌に東慶寺に寄贈された。 本像は模造とはいえ大変精巧な作でよく当初の面影を伝え、微笑をたたえた童顔の面相、薄い衣を透かして体躯の抑揚がたくみに表現されているのも白鳳後期(7世紀末)の特色で、左手には小さな薬壺をとり 前につき出した右手も人々をさしまねくようなしぐさ。 この像もまた 深い感銘を与えるであろう。(久野健博士解説)東慶寺HP

 最後に香薬師如来像のレプリカを。上記経緯のとおりだが、レプリカ3体のうちの1体である。これについては以下も参照。

(参考)天平彫刻の魅力(3):新薬師寺
http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-30.html

東慶寺はHPがとても充実している。詳細は以下を参照。
http://www.tokeiji.com/heritage/honzon-shakanyorai/

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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