大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

渡来人の系譜 5  複合的視点

大阪 渡来人マップ
http://www.geocities.jp/ku_da_ra/ETC/osaka-timei.htm

いまから40年以上も前、学生の時に飛鳥彫刻の魅力に惹かれて仏像を研究したいと思うようになった。広隆寺弥勒と韓国博物館の類似仏の比較を通じて、その文化圏の広さと深さと不可思議さを知った。朝鮮半島からの舶載品こそが飛鳥彫刻のルーツであることを学んだ。

◆「仏像の道-インドから日本へ 5 朝鮮」  http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-139.html

20才台の後半3年間を九州博多で過ごした。まず、地名が読めない。あるいは読めたとしてもその発音は難しい。朝鮮半島との文化的近接性は、東京では座学からはじまるように思うが、九州では風土そのものから体験できる。多くの仏像もみたが、当時、邪馬台国論が熱く議論される背景がつぶさに理解できた。

◆「天福寺の木彫り仏像群 国内最多の規模」  http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-264.html

齢50才台、関西転勤になって、以上の2つの経験からある程度の下地はできていた。週末は奈良に遊び、また芦屋の図書館に通った。<週末晴耕雨読生活>であった。その結果、必然的に渡来人・帰化人の問題を考えるようになった。

◆「帰化人の問題1」  http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-126.html

同時に飛鳥時代の仏像を研究するためには、改めて考古学の浩瀚なる学問的成果がいることを痛感した。上記の第一マップもそうした観点から読み解くことが必要である。また、遷都論に強い関心を持った(下記、第二のマップである)。

◆「平城京を考える」  http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-171.html

加えて、古代の豪族の勢力図を重ねあわせてみなくてはならない。第三のマップである。

◆「渡来人の系譜 3  蘇我一族との関係」  http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-447.html

第四、第五のマップ・・・も勿論あるだろうが、より本質的には歴史的、文化的な堆積の古層は部厚いという認識である。たとえば、関西どこでも、そぞろ歩きの途中、その地名の由来をみれば渡来人・帰化人の影響の大きさを実感する。古墳、神社仏閣や古(いにしえ)からの仏像などは、そのすぐれてシンボリックな遺産であることは自明である。

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