大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

日韓国交正常化50周年記念 特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」

日韓半跏思惟像3

東博に二度通って、日韓国交正常化50周年記念 特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」を観た。すでに韓国で先行開催されており、東京はその後半にあたる。

http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-476.html

さまざまな思いが去来した。まず、概要については、写真をふくめて、今回の展覧会の模様を丁寧に書いてある以下のブログ(祗是未在)を参照。

http://butszo.jp/2016/07/4229/

結論からいえば、韓国からの「半跏思惟像」(三国時代・韓国国宝78号、銅像鍍金 像高82.0cm 坐高50.75cm)は本当に素晴らしいものだと思った。高貴にして優雅なるお姿に心から魅了された。

一方で、中宮寺「半跏思惟像」(伝如意輪観音、飛鳥時代・国宝、像高167.7cm 坐高87.9cm)は照明のあてかたに大いに疑問を感じた。両像ともに同一条件で展示することを旨とされたのかも知れないが、中宮寺観音にあたる照明が補正なく上からすぎて、額の照り返しが目につき、逆に目元がぼやけて受け口に見えるといった案配であった。1階の映像コーナーで見る本来のお姿に比べて、その清楚な印象が損なわれて誠に残念であった(拙稿「光と仰角」を参照)。

◆「光と仰角」の大切さ
(参考1) http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-192.html

一方で、韓国国宝78号の由来は誰しもが気になるところだが、その「発見」と「保護」は1910年代との指摘は、事実なら経緯をふくめて衝撃的である(下記、辻本武 tsujimoto blog の詳細連載などを参照)。

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/07/8127143

さて、そうした形而下の煩いは措くとして、「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」という名称はよく考え抜かれていると思う。
ただでさえ、剣呑でぎくしゃくしがちな日韓関係を「ほほえみの」という言葉でやわらかく包み込み、「半跏思惟像」という、文字通り沈着冷静、深く黙考する仏さまにある種の象徴的な意味をもたせているように感じたのは、小生のみではないだろう。

以下、4つの拙稿を添付。韓国国宝78号を拝顔したことの意味、時間をかけてよく考えてみたい。

◆中宮寺観音について
(参考2) http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-416.html

◆飛鳥彫刻の独自性
(参考3) http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-190.html

◆渡来人の系譜 3つのファクター ー百済・新羅・中国(隋唐)
(参考4) http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-445.html

◆渡来人の系譜 百済・高句麗と「亡命準備」論
(参考5) http://yamatokoji.blog116.fc2.com/blog-entry-446.html

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