大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

「定朝」論  高田博厚

平等院阿弥陀如来2

高田博厚『思索の遠近』(読売新聞社1975年)を読んで大いに啓発された。日本の仏像彫刻家の文章は結構、見ているのだが、この人はフランス文学や音楽に造詣の深い近代彫刻家(あるいは文明評論家)とばかり思っていて、日本彫刻についての論考は手に取ったことがなかった。本書中、「定朝」「円空上人」「彫刻家高村光太郎と時代」などがあるが、ここでは「定朝」を中心に取り上げる。

◆「定朝」(淡交社『歴史の京都』第4巻 芸術家と芸能家 1971年1月)
定朝、その人を論じるのではなく、歴史・思想・権力と彫刻家との関係性に着目している。少し長い引用になるがコアとなる主張の部分を見よう。

「時代による感覚や型の推移は、現代と異なり、昔の遡るほど緩慢大らかに行われ、そこに人力を超える『時』の力と、徳を素直に示している。これを理解するならば、作品鑑定の場合、大陸の作だとか、日本人の作だとか論議するのはむしろ愚かに近い。中宮寺や広隆寺の弥勒菩薩が朝鮮製であろうと日本産であろうと問題ではない。影響と継承は堂々として行われー天平までの芸術がこれを雄弁に示しているーそこに世界の全民族に共通する『美』を生むとともに、その土地や時代の性格を自然に現すのであり、それが真の『伝統』であろう。だから藤原期に明らかになった『日本的』なものは、それに先行した大和の数世紀間に徐々に支度されていたものであるーたとえば唐招提寺は支那から直接導入されていたものであるが、そこの鑑真像は、どこの国、どの民族のものとも言えない普遍美を持っており、世界中の肖像彫刻中の最高傑作であろう。この『普遍美』は同寺金堂の列柱やそのふくらみがギリシア神殿のそれに似ているから、普遍的だとする以上のものを持っている。その興味ある例証は、同寺講堂にある如来型胴体であろう。頭部や両腕を落して、教義的型を無くしただけに、エジプトやギリシア、またロマネスクゴティックの直立像に共通する、時空を超えた普遍美そのものを示しているー。」(p.43)

高田の仏像彫刻についての考え方は、他の部分でも同様な見解を示し、様式史などには見向きもせず、その仏像が美の本質にどこまで迫っているかに価値をおいている。一方、時代の思想がその仏像に投下されていることを指摘し、これは仏師にとっての創作の意思に影響する。しかし、優れた仏像は時代精神を反映しつつも、仏師が結果として普遍美を追求しているかどうかにかかっている。

彼の審美眼からは、江戸時代にも良き作品があるとし、特に円空を高く評価する一方、明治時代の木彫の作品は、伝統とその継承から厳しく批判し、高村光太郎の作品のみが価値あるものとされる。その場合、作品の優劣を分けるのは「品位」を宿しているか否かであるとし、創作に悩みぬく気高き知性がそこに投影されていることが条件である。自身が彫刻家であるがゆえに書ける文章であるとともに、高田が当時にあって最高の知性を希求していた証でもあろう。

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