大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

西大寺 小考2 四天王邪鬼は見ている

西大寺 増長天邪鬼
西大寺 増長天邪鬼(奈良時代)
https://plaza.rakuten.co.jp/takacyan/diary/201111050000/

西大寺については、創建当初の時代についての風説をふくめ、あまりにも多くの「ストーリー性」がある。普通の美術史家には書けないが、梅原猛氏は、藤原仲麻呂と孝謙上皇との情交、そしてその後の抗争と仲麻呂の頓死(恵美押勝の乱)の濃厚な可能性についてふれ、さらに、母、光明皇太后の死にショックをうけて病気となり、その治療をつうじて寵愛を受けた僧道鏡との情交にもふれている。
道鏡は、称徳天皇(孝謙上皇重祚)の後見のもと権力を握り、皇位を狙うが失脚する。称徳天皇崩御ののち、政情は大いに動揺し、やがて都は長岡京を経て平安京に移る。 大義名分なき造営、人望の失墜した称徳天皇の寺、西大寺は、南都七大寺の一つながら、その没落の道は早かった。上に掲げた「西大寺 増長天邪鬼」(奈良時代)は当初のものとのことだが、この邪鬼だけがかわらぬ歴史の証人というのもなにか皮肉なものを感じる。

(参考)梅原猛「俗と聖の間の寺」(『古寺巡礼 奈良8西大寺』1979年 淡交社)を参照

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