大和古仏探訪

京阪神を中心に内外の古仏についていろいろと書いてみたいと思います。

黒田鵬心 『日本美術史講話  全』 星文館 1929年

 東京国立博物館で薬師寺展が開催されており、NHKでの特集番組をみた。そのなかで、薬師寺の東塔を「凍れる音楽」と表現していたが、この有名な比喩を日本ではじめて書いたのが黒田鵬心(1885ー1967年)と言われる(注1,2)。

 多才・多芸な方だったようで、前後は別として、文化学院で日本美術史を講義する一方、三越の社員としてフランスの絵画などの輸入にも携わり、D'OElsnitz とともに、東京で「日仏芸術社」を設立(フランス美術作品を輸入、展覧会を開き販売)、また建築、景観や公園論の著作も多い(注3,4)。

 表記の本はその代表作であるが大正3年に脱稿されている。和辻の『古寺巡礼』が出版されたのは大正8(1919)年であるからはるかに早い。そしていま読みかえしてみても、その斬新な視点は十分に参考になる。目次(各章と第1節)を掲げておこう。全体の叙述がこれによってほぼわかる構成になっている。

序  説
第1章 出雲大社と伊勢神宮(揺籃期)ー1.独創時代
第2章 四天王寺と法隆寺(飛鳥時代)ー1.朝鮮模倣の時代
第3章 薬師寺と興福寺(白鳳時代)ー1.唐模倣の第1期
第4章 東大寺と唐招提寺(天平時代)ー1.唐模倣の第2期
第5章 平安城と延暦寺(弘仁時代)ー1.唐模倣の第3期
第6章 醍醐寺と平等院(藤初時代)ー1.同化発現の第1期
第7章 中尊寺と厳島神社(藤末時代)ー1.同化発現第2期
第8章 円覚寺と観心寺(鎌倉時代)ー1.宋元模倣の第1期
第9章 東福寺と金閣(室町時代)ー1.宋元模倣の第2期
第10章 桃山城と三宝院(桃山時代)
                     ー1.第2次同化の第1期
第11章 江戸城と日光廟(江戸時代)
                     ー1.第2次同化の第2期
第12章 明治時代ー1.泰西模倣時代
結  論



(1)黒田 鵬心(くろだ ほうしん)/(専門)美術評論家/(生年月日)1885. 1.15(明治18)/(没年月日)1967.3.18(昭和42)/(来歴)美術評論家。本名は明信(一説に朋信)。
http://www.bunkaken.net/index.files/arakaruto/jinmei/ka.html

黒田は、明治43年東大文科を出て読売新聞に入り、議院建築問題など、建築評論に名を馳せた人。
http://homepage1.nifty.com/tanboh/okada04.htm

(2)「薬師寺は、明治時代にアメリカ人フェノロサが「凍れる音楽」と表現したことでしられる東塔が有名です。しかし、フェノロサがこのような言葉を述べたことは確認できず、最近は、黒田鵬心(ほうしん、美術評論家)が『日本美術史概説』(1914年)で表現したのが最初だといわれています」。
(『Story・日本の歴史』より)
http://homepage2.nifty.com/mazzn/665.htm

(3)「明治初期には銀座煉瓦街や日比谷官庁集中計画における威信礼儀の洋風美観と、市区改正委員会での議論における保全型風致美観といった、都市風景に対する二つの審美観が存在した。建築学会は1906年から1913年にかけて、全市街での洋風美観創出を目的とした東京市建築条例案の検討を行っている。この時期建築家を中心に、都市計画に対する理解、市区改正の延長型、市街地改造等は美観創出を目的とするというのが大勢であった。同時期に、「都市の美観」(『美術新報』)や黒田鵬心「帝都の美観と建築」(『東京朝日新聞』、共に1910年)等、都市美観の啓蒙も始まっている」。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E8%A6%B3

(4)公園系統の樹立 / 黒田鵬心 (時事新報 1923.12.1 (大正12))
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/directory/sinbun/ymlist/192312.html

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

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